{"product_id":"9784062816052","title":"武士の娘　日米の架け橋となった鉞子とフローレンス","description":"あの司馬遼太郎がその存在を知らず、一読して『福翁自伝』にひけをとらぬ内容、と驚嘆した自伝がある。1925年(大正15年）、アメリカで無名の日本人女性が英語で書き下ろした『武士の娘』が刊行され、その年のベストセラー・リストに載った。『グレート・ギャツビー』と並ぶ売れ行きで、異例の8万部が世に出た。その著者である杉本鉞子の数奇な生涯を描くノンフィクション。\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e\u003cbr\u003eあの司馬遼太郎がその存在を知らず、一読して『福翁自伝』にひけをとらぬ内容、と驚嘆した自伝がある。\u003cbr\u003e1925年(大正15年）、アメリカで無名の日本人女性が英語で書き下ろした『武士の娘』が刊行され、その年のベストセラー・リストに載った。『グレート・ギャツビー』と並ぶ売れ行きで、異例の8万部が世に出た。\u003cbr\u003e著者・杉本鉞子は明治5年生まれ。父は長岡藩の筆頭家老で、司馬遼太郎の『峠』の主人公・河井継之助と幕末に対立し、藩の役職を追われたいわば没落士族である。維新後は、いわゆる武士の商法から零落する。\u003cbr\u003eそれにもかかわらず、鉞子は厳しい教育を受け、10代で東京へ出てクリスチャンの学校へ通い英語を身につける。卒業後、浅草で教職につくのは、ちょうど樋口一葉が同地に移り住む頃だった。\u003cbr\u003e縁あって、アメリカ中部で美術商を営む杉本松雄に嫁ぐのが明治31年。しかし、38歳で寡婦となった鉞子は、二人の娘を養育しながらアメリカにとどまる決意をする。\u003cbr\u003e生涯、彼女をサポートしてくれたアメリカ人女性との邂逅。食べるためにはじめた新聞・雑誌への投稿が、編集者の目に留まり一冊となる。それが『武士の娘』だった。ニューヨークへ移り住んだときには、コロンビア大学の教壇で日本語と日本史を、日本人女性としてはじめて教えた。\u003cbr\u003e戦争をはさみ、『武士の娘』以降3冊の本を書いた鉞子は、昭和25年に息をひきとるまで日米の架け橋となった。アメリカでは有名人、日本では無名忘れられた杉本鉞子の一生を描く。\u003cbr\u003eちなみに『武士の娘』は、現在もちくま文庫で、順調に版を重ねている。かつ、昨年鉞子のアメリカ時代の書簡が発見され、地元・新潟の会津八一記念館で展示されている。","brand":"講談社","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":48420524097840,"sku":"","price":924.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"url":"https:\/\/www.maruzenjunkudo.co.jp\/products\/9784062816052","provider":"丸善ジュンク堂書店ネットストア","version":"1.0","type":"link"}