{"product_id":"9784065447376","title":"近代日本陶芸史　ゲテモノからニセモノ、そして現代アートへ","description":"欧米のギャラリストが熱狂する日本陶芸。\u003cbr\u003eそれは、アヤシイ歴史のるつぼの中で育まれた。\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e　何て言ったって皆コッピーさ──北大路魯山人\u003cbr\u003e\u003cbr\u003eいまや「日本人だけが知らない現代アート」と世界で賞される日本陶芸は、実は昭和元年から現代アートであり続けてきた。\u003cbr\u003e柳宗悦は「下手もの」に内なる美を見出し、\u003cbr\u003e民藝派を批判する魯山人は古陶を「コッピー」し、\u003cbr\u003e加藤唐九郎は「永仁の壺」というシミュラクルで人々を幻惑した。\u003cbr\u003eさらに「前衛陶芸」「オブジェ焼き」「モダニズム陶芸」を経て、桃山以来の磁場をもつ「茶碗」をもポストモダン化するほどの、表現が渦巻き爆発するカオスが現出している。\u003cbr\u003eフォルムの美を追究し日本・近代を内破する陶芸家たちの百年史。\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e［本書より］\u003cbr\u003e陶芸は常にモダンアートであり、現代アートだった。この視点から出発することによって、多様性の名の下にカオスと化した陶芸史を交通整理して、すっきりと見通せる「近代日本陶芸史」を編む必要がある。\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e［本書の内容］\u003cbr\u003eはじめに──陶芸は常にモダンアートであり、現代アートだった\u003cbr\u003e第一章 はじまりとしての「下手もの」革命──リーチ、富本憲吉、柳宗悦\u003cbr\u003e第二章 シミュレーショニズムとしての古典復興──北大路魯山人の「コッピー」\u003cbr\u003e第三章 アヤシイニセモノの仮想世界(パラレル・ワールド)──近代陶芸としての「永仁の壺」\u003cbr\u003e第四章 戦争と陶芸──モダニズムとナショナリズム\u003cbr\u003e第五章 「ニセモノの制度化」と伝統のブランディング──荒川豊蔵《隨縁》神話の誕生\u003cbr\u003e第六章 戦後陶芸の「退行」と「転倒」──岡部嶺男と八木一夫のメランコリアと処方箋\u003cbr\u003e第七章 「モダニズム陶芸」と近代の超克──加守田章二と栗木達介\u003cbr\u003e第八章 茶碗の居場所──近代陶芸の「外部」からポストモダンへ\u003cbr\u003e第九章 現代陶芸の「ラディカリズム」とジェンダー\u003cbr\u003e第十章 「空虚な日本」とアナクロニズムの現代陶芸史\u003cbr\u003eあとがき──林康夫「浪江に捧ぐ」（二〇二四年）から\u003cbr\u003e主要参考文献\u003cbr\u003e図版一覧\u003cbr\u003e人名索引","brand":"講談社","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":67396755783984,"sku":null,"price":2420.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"url":"https:\/\/www.maruzenjunkudo.co.jp\/products\/9784065447376","provider":"丸善ジュンク堂書店ネットストア","version":"1.0","type":"link"}