{"product_id":"9784416919859","title":"百花繚乱「横浜植木物語」","description":"明治24年（1891年）、時の先端的な園芸業や植木屋を営み、海外事情にも通じ、植物の栽培やその経営にも造詣の深い栄達の士が文明開化の地「横浜」に集結し、それまで居留外国人の手によって独占的に行われてきた園芸植物等の海外交易（輸出入）事業を日本人の手に奪取すべく設立された「有限責任横浜植木商会、横浜植木株式会社」。\u003cbr\u003e文明開化のまだ明けやまぬ明治の中期から、日本と世界の花と緑の架け橋となり、日本や日本の伝統的園芸・庭園文化の魅力を世界に発信する一方、世界の園芸種苗の最新品種を日本に導入し、洋種園芸の礎を築いた「横浜植木」と、それを支えた情熱あふれる人々の栄光と苦節の足跡。\u003cbr\u003eその裏には日本の近代園芸の夜明けにまつわる数々の逸話があった。\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e横浜植木株式会社創立130周年記念出版。\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e■目次抜粋\u003cbr\u003e第一幕　明治期における物語　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　\u003cbr\u003e項目01．「創業者・鈴木卯兵衛」伝\u003cbr\u003e項目02．横浜植木の設立発起人代表で定款草稿を手がけた「池田謙蔵」と横浜植木がアメリカ産洋桃を輸入する際、その品種選定を行った早逝した気鋭の園芸学者「池田伴親」父子の数奇な運命\u003cbr\u003e項目03．横浜植木の創業と明治・大正期の全盛期を支えた人々の栄光の軌跡を『物故役員社員追悼記念アルバム』に見る　ほか\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e第二幕　大正期における物語　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　\u003cbr\u003e項目33．大正８年に横浜鶴見に誕生した自然美・花菖蒲を売りにした「三笠園」は閉園した「蒲田菖蒲園」の再来。園内の房野池はアントワープオリンピック（大正9年）の水泳の予選会の会場\u003cbr\u003e項目34．明治後期から海外の高品質な園芸植物や資材の輸入を円滑かつ独占的に進めるため、サットン（英）、ヴィルモーリン（仏）の２大種苗商をはじめ、主要な関連企業の日本代理店に。横浜植木の業務を通じて得た知識を基に得意分野を育み、時の園芸界で名を成した大塚春雄と水田岩次郎\u003cbr\u003e項目35.「日米友好親善」の架け橋としてアメリカ・ワシントンのポトマック河畔に植栽された日本の桜、その返礼品としてアメリカから日本に送られてきたハナミズキ、その美談を実現するために重要な役割を果たした横浜植木の功績　ほか\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e第三幕　昭和期における物語\u003cbr\u003e項目51．外交文書に残る横浜植木が海外の国々を相手に行ってきた植物の輸出入業務に関する取り引きの実際の断片\u003cbr\u003e項目52．大恐慌、第二次世界大戦の予兆という困難な時代に舵取りを委ねられた３代目社長鈴木清蔵、得意の英語力を活かし、欧米等出張を重ね、販路拡張に奔走。横浜ロータリークラブでの会合で「日本の園芸の発達について」英語で講演。それらの記録資料は幻\u003cbr\u003e項目53．米屋の小僧から身を起こし、中華店主・議員を経て、戦後の横浜やその経済界の復興、「横浜植木」の再建に尽力した沼田安蔵6代目社長の男気、そのキッカケとなったのは畏友であり政界のドン、緒方竹虎の一言　ほか\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e*****************","brand":"誠文堂新光社","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":48456391819568,"sku":"","price":4400.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"url":"https:\/\/www.maruzenjunkudo.co.jp\/products\/9784416919859","provider":"丸善ジュンク堂書店ネットストア","version":"1.0","type":"link"}