{"product_id":"9784779114458","title":"追悼 長篠康一郎","description":"〈平成19（2007）年2月16日、一人の「文学研究者」が、長い闘病生活にピリオドを打ち、八十歳の生涯を閉じた。その半生を、敬愛した作家太宰治の研究に捧げたその人の名は、長篠康一郎（ながしのこういちろう）本名・康煕（やすひろ）。決して他者がまねることのできない実績を残した、私たち、太宰文学研究会の会員にとって、あまりも偉大な「先生」であった。 　\u003cbr\u003e 　長篠先生は、自ら標榜する「実証的研究」によって、それまでの太宰治に対するマイナスイメージを、全面的に否定した。全国各地を徹底的に取材し、時には自らの人体実験により、麻薬中毒、左翼運動への関与、数度におよんだ自殺や心中未遂などの太宰の死の直後からまことしやかに伝えられてきた「虚像」を、すべてひっくり返したのである。太宰治こと津島修治が、現在の斜陽館で産声を上げたことさえ疑問視した。昭和23年（1948）年6月13日の、山崎富栄との心中事件も、女の主導による他殺（無理心中）説を訂正し、あくまでも、二人は合意の下に玉川上水に入水したものだと明言した。\u003cbr\u003e　しかしながら、太宰の「虚像」を作り上げてきた、中央文壇の権威者とその取り巻き連中からは当然のごとく忌み嫌われ、研究活動を妨害されたのはもとより、生命の危機にさらされたことさえあったという。そのため、一度は研究会も解散の憂き目にあったが、不撓不屈の精神から、再び研究会を立ち上げ、雑誌などで執筆活動を展開させた。病に倒れるまでは、太宰と、彼を愛し支えた四人の女性（山崎富栄、田部あつみ、小山初代、太田静子）を供養する「白百合忌」も、「富栄忌」と名付けていた昭和四十一年より欠かさずに続けてきた。（後略）〉（「まえがき」明石 矛先）","brand":"彩流社","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":48497241260336,"sku":"","price":2200.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"url":"https:\/\/www.maruzenjunkudo.co.jp\/products\/9784779114458","provider":"丸善ジュンク堂書店ネットストア","version":"1.0","type":"link"}