{"product_id":"9784788716186","title":"新装版 澁澤榮一","description":"日本の近代経済をつくりあげた澁澤榮一が、新１万円札の「顔」になった。澁澤のプライベートまで知り尽くした四男の著者が、昭和４０年に時事通信社の「一業一人伝」シリーズの一冊として刊行した「澁澤栄一」を新装版として刊行する。元本は澁澤榮一の経済人としての足跡にとどまらず、家庭での素顔、父親としての顔も描いている。澁澤榮一の四男である著者はエッセイなどの著作も多く、「１万円札の人」の等身大の足跡を楽しみながら知ることができる。\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e本書に掲載されているエピソードの一部\u003cbr\u003e・死の直前まで困窮者の救援法制定のため、病をおして大臣に面会した。\u003cbr\u003e・乳児のころ戸障子を閉めずに部屋を出て行く大人に「また戸を閉めずにいく」と説教。\u003cbr\u003e・１４歳の時、父親の藍葉の取引で、生産者に細かな注文を付ける。\u003cbr\u003e・同じころ、「天保３年、５，６０年前の無縁物のタタリがある」と言った霊媒師に「天保３年なら２３年前。そんなお告げは信用できない」と指摘。\u003cbr\u003e・倒幕、尊王攘夷論に染まり、城乗っ取りを図る。徳川慶喜の家来と親しくなり一橋家の家臣に。慶喜が将軍になり、倒幕だったのに幕臣になってしまった。\u003cbr\u003e・著者（澁澤秀雄）に「蚊がたかってくるように、用がたかってくるような人になれ。役に立つ者は用に追いかけられるが、役に立たない者は用のほうで逃げていく」と諭した。\u003cbr\u003e・慶応４年（明治元年）戊辰戦争の中、慶喜の弟、徳川昭武の随員としてパリの万国博覧会に。「株式会社」の存在に瞠目し、後に日本で初の株式会社をつくる。\u003cbr\u003e・帰国。静岡に閉居している慶喜を訪問。「新政府との戦争は何とか手の打ちようがなかったのか」と尋ねると慶喜は「今さら過ぎ去ったことを申しても詮方ない。弟のパリ滞在中の話を聴かせてくれ」。\u003cbr\u003e・予算を組む時、先に軍事費が決定されるのに反発。西郷隆盛に抗議すると、西郷は「いや、もっともでごわす」。\u003cbr\u003e・三菱の岩崎弥太郎と大ゲンカ。三菱の海運事業独占に対抗して、新海運会社を設立しようとするが、三菱はあらゆる手段で妨害。最終的に両者で日本郵船を設立。\u003cbr\u003e・英国との関税交渉で「日本には商工業者の意見をまとめる組織すらない」と言われ、商工会議所を設立。\u003cbr\u003e・政界入りの要請を「民業振興に尽くしたい」と断り続ける。\u003cbr\u003e・縁故や茶屋を介さず芝居が見られる「帝国劇場」を設立。女優を「河原者」からスポットライトを浴びる存在に。\u003cbr\u003e・著者（秀雄）に「もし自分が大石良雄だったら、吉良にワイロを贈った。吉良は貪欲。ワイロは当時法律上の罪ではなかった。それで一国一城が救えるなら贈るのが人情」と、論語を引用して話した。\u003cbr\u003e・本人は花柳界で遊び、愛人宅も持っていたが、長男が女中に手を付け妻を追い出すと長男を廃嫡にした。","brand":"時事通信社","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":48500772503856,"sku":"","price":1760.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"url":"https:\/\/www.maruzenjunkudo.co.jp\/products\/9784788716186","provider":"丸善ジュンク堂書店ネットストア","version":"1.0","type":"link"}