{"product_id":"9784798504117","title":"物質に宿る記憶","description":"\u003cp\u003e記憶は物質に宿るのか。記憶は遺伝するのか。この二つの問いをめぐって展開されるリヒャルト・ゼーモンの「ムネーメ理論」は、そのラマルキズム的な結構のために、長らく科学史の闇に葬られ、無視され、忘却されてきた。\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e 本書第1部はまず、この記憶研究の「忘れられた」先駆者、リヒャルト・ゼーモンが生涯をかけて構築した「ムネーメ理論」を、本邦で初めて本格的に論じる。次に、アウグスト・ヴァイスマンからの苛烈なゼーモン批判を取り上げる同時に、ゼーモンのメンターであるエルンスト・ヘッケルを始め、ヴィルヘルム・ベルシェ、エルンスト・マッハやアウグスト・フォレル、オイゲン・ブロイラーによるゼーモン支持を通覧する。ゼーモンの「ムネーメ理論」はまた、近年とみに注目され始めたDNAを介さない「遺伝」の一種である「エピジェネティクス」の議論において、その先見性が再評価されつつある。ゼーモンは言わば「忘却の淵から甦りつつある」のである。本書第1部後半では、「エピジェネティクス」の仕組みを概説しながら、いかなる意味でゼーモンが「甦りつつある」のかを検証する。\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e本書第2部では、ゼーモンの「ムネーメ理論」の、伏流水のように潜行する影響の水脈を、20世紀の多様な思想や著作の中にたどり、その射程と意義を明らかにする。議論の対象は、バートランド・ラッセルの「中立的一元論」、マリア・モンテッソーリの「モンテッソーリ・メソッド」、エルヴィン・シュレーディンガーの『精神と物質』、アビ・ヴァールブルクの「ムネモシュネ」、カール・グスタフ・ユングの「集合的無意識」、そしてルードルフ・シュターナーの『神智学』にわたる。\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e本書第3部では、ゼーモンからの直接の影響はないものの、「ムネーメ理論」を参照しながら考察すべき、主として20世紀から現在に至る記憶論を俎上に乗せる。フロイトの『ヒステリー研究』をめぐるトラウマ論、ベルクソンの『物質と記憶』における「純粋記憶」、ベルクソンに対峙したアルヴァックスの「社会的記憶」、アルヴァックスを淵源とするアスマン夫妻の「文化的記憶」、さらには本邦の夢野久作と三木成夫の「胎児の夢」、手塚治虫の「記憶転移」、また「ムネーメ理論」の後継とも言えるリチャード・ドーキンスの「ミーム理論」のみならず、記憶の集積体としてのAIや、死後における「記憶のデジタル空間へのアップロード」といった最新の問題までが、第3部の考察の地平に組み込まれる。\u003c\/p\u003e\u003cp\u003eこれらの考察を経て結論部では、「心理と生理」、「心と身体ないし脳」、「精神と物質」、究極的には「質と量」にまたがる現象としての記憶とは何か―人間にとって、「私」にとって、記憶とは何かを問う。\u003c\/p\u003e","brand":"九州大学出版会","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":67768853430576,"sku":null,"price":9680.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"url":"https:\/\/www.maruzenjunkudo.co.jp\/products\/9784798504117","provider":"丸善ジュンク堂書店ネットストア","version":"1.0","type":"link"}