{"product_id":"9784828427782","title":"人類を不幸にした諸悪の根源","description":"“救済”なき世界を直視し、信仰と転向をめぐり徹底討論\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e崩れ落ちる西欧近代500年の理想。\u003cbr\u003e神による救済もイデオロギーによる救済も\u003cbr\u003e不可能であるかに見える現代社会で、\u003cbr\u003e〝救済〟なき世界を直視し、人類を不幸にした\u003cbr\u003e諸悪の根源を指弾する ――\u003cbr\u003e信仰と転向をめぐる、渾身の徹底討論！\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e副島　イギリス（イギリス国王とイギリス国教会）が、人類の諸悪の根源であり、ローマ教会（バチカン）と並ぶ凶悪な大悪魔たちです。まさしく人類の諸悪の根源です。これが私の（知識人）人生の結論です。\u003cbr\u003eそして、もう一つ。救済は無いということです。人類（人間）に救済は無かったと、私は結論を出しました。善というのは、民衆を救済しようとする意欲、意志のことです。私は善と悪の問題も、民衆、大衆、貧乏人大衆の味方をするかしないか、これだけが問題だと、はっきり決めました。では、民衆の救済ができないのならば、自分はどうするのか、ここからが思想の領域です。\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e佐藤　できなくても、「不可能の可能性」に挑むというやり方があります。\u003cbr\u003eこれは危機の神学の代表カール・バルトの言葉です。人間は原理的に神ではない。人間は神について知ることができません。そうすると、原理的に人間は神について語れないことになりますが、説教団としての牧師は、神について原理的に語れないにもかかわらず、語らなくてはならないという、弁証法的な緊張の中に置かれます。そこで語ることを、バルトは「不可能の可能性」と言いました。ですから、不可能の可能性としての説教であり、危機の神学は、「不可能の可能性」としての神学です。\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e元凶はトランプではない！","brand":"ビジネス社","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50181529764144,"sku":null,"price":1980.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"url":"https:\/\/www.maruzenjunkudo.co.jp\/products\/9784828427782","provider":"丸善ジュンク堂書店ネットストア","version":"1.0","type":"link"}