知られざる名著|偏愛研究から虫の魅力に迫る。理工書担当者が選ぶ、あなたの世界を広げる5冊
「知られざる名著」は、書店員がテーマに沿って厳選した、隠れた名著の魅力を探る、インタビュー形式の連載企画。
第2回目のテーマは「偏愛研究の書(虫編)」。ジュンク堂書店 池袋本店で理工書担当として勤務するS・Hさんに選書をお願いしました。
次々と新たに世に出る書籍。普段手に取らないジャンルをはじめ、今まで知らなかった「名著」の魅力を再発見する、きっかけになるはずです。
Profile
S・Hさん
ジュンク堂書店池袋本店で店舗スタッフとして勤務中。
2007年に入社して以降、主に理工書を担当。
好きなジャンルは歴史、ファンタジー。
理工書担当者がおすすめする「知られざる名著」とは
名著を紹介する前に、今回選書していただいた虫に関する本が属する「理工書」というジャンル、そのなかの「生物分野」には、どういった書籍があるのか?
選書を担当したSさんの経歴などとともに、その魅力を語ってもらいました。
虫が苦手でもおすすめしたい!世界が広がる理工書の魅力
ーーー今回は「理工書」の「生物」分野から選書していただきましたが、どのような書籍がある分野なのでしょうか?
「理工書」は理学書と工学書からなるジャンルで、理学書の中に生物や虫に関する書籍が含まれます。生物の中にも幅広い分野があり、哺乳類や爬虫類、鳥類といった動物から、植物、昆虫まで、それぞれの生き物に特化した本があります。
今回ご紹介するのは、おもに「虫」をテーマに扱った書籍です。虫の本と言えば一般的には図鑑をイメージする人が多いかもしれませんが、手軽に読める新書や学術的な専門書など、多岐にわたります。そのなかでも、研究者たちの虫への「偏愛」が伝わってくる書籍を選びました。
ーーー「理工書」や虫に関する書籍には、もともと興味があったのでしょうか?
私自身、大学で理学部に所属していて、微生物であるゾウリムシを研究していたんです。そうした経緯から、ジュンク堂に入社する際には自然科学系のジャンルを希望し、これまでずっと担当してきました。
大学での経験もいかし、売り場を訪れる方々が、きっとこういう本をお求めなのではないかな?と想像しながら、日々仕事をしています。
私は虫に関しては、実は苦手で…。でも、虫について書かれた本は大好きなんです。研究対象である特定の虫について、1冊の本が書けるほどの著者の情熱と行動力を愛しています。
ーーー改めて、「偏愛研究の書(虫編)」の選書テーマを教えてください。
この世には本当に多くの虫が存在しますが、それぞれの虫に対して熱心な研究者がいて、自らの足で稼いだ情報を本にしてくださっています。それを、私は「偏愛研究」と敬意を込めて呼んでいます。
「わからないことを、わかりたい」というピュアな情熱から生み出された読み物ですから、面白くないはずがありません。
「何それ、初めて知った!」という発見の詰まった本が、「虫にあまり興味がないから…」というだけで読書の対象から外されているのであれば、とてももったいないと感じています。
昆虫愛好者界隈では皆さんご存じの名著ばかりですが、まだまだ多くの人に出会ってほしい。今回はそんな思いを込めて選書しました。
担当者が選ぶ、おすすめの書籍5選
ここからは、担当者が選んだおすすめの名著5冊を紹介します。 2024年に新書で復刊した伝説の名著から、子どもたちの研究がリアルに記された本まで、「偏愛研究」が目白押し。まだ見ぬ虫の世界へ誘ってくれるはずです。
生活の全てをバッタ研究に捧げる男の生き様
バッタを倒すぜ アフリカで(光文社)
新書大賞2018を受賞、25万部を突破した『バッタを倒しにアフリカへ』の続編。前作を読んだファンの中ではすでに大人気の本書ですが、読んだことのない方もぜひ手にとっていただきたい、ユーモアあふれる1冊です。
著者である前野ウルド浩太郎さんの研究テーマは、「サバクトビバッタの繁殖行動」。このバッタにより大規模な農業被害を受けるモーリタニアをはじめ、日本やモロッコ、アメリカなど、世界中を飛び回ってバッタの調査を続けている著者。その研究の内容が、面白おかしく書かれています。
バッタの雌雄はいかにして出会い、結ばれ、産卵しているのか?その「婚活」模様を、著者自身の婚活のうまくいかなさと比較して紹介したりと、クスッとくるような軽快な文章が魅力的。生活の全てをバッタにかける男の生き様から、目が離せなくなります。
「アリの巣」という身近な異世界へのトリップ
アリの巣をめぐる冒険 昆虫分類学の果てなき世界(幻冬舎)
今では多数の著書を出され、昆虫学者のトップランナーとして活躍されている丸山宗利さん。2012年に出版された彼の名著が、2024年の4月に新書版として帰ってきました。
本書で丸山さんは、「アリの巣には、アリ以外にもさまざまな昆虫が居候している」と語ります。実際に世界中の森の地面に這いつくばって、アリの巣をじっと観察することで、驚くべき事実を次々と発見されています。
私はこういう本を読むと、まるでファンタジーに触れているような気持ちになるんです。タイトルにも「冒険」とありますが、まさに「身近にある異世界」を体験できるような内容になっています。普通の生活、日常のすぐそばに、実はこんな未知の世界が広がっています。
純粋な好奇心から裏山に潜った、ある研究者の姿
カラー版 裏山の奇人 野にたゆたう博物学(幻冬舎)
東海大学出版部の「フィールドの生物学」というシリーズより、2014年に刊行された同名の書籍が、多くの人が手に取りやすい新書として、幻冬舎より復刊しました。
著者である小松貴さんは、信州大学に入学してから毎日、大学の裏山を歩き、小さな虫や動物たちの行動を何時間も観察していたそうです。
『わからないことを、わかりたい』。その原動力から、図鑑や専門書に載っていない生き物の生態を見つけていく姿には、圧倒されてしまいます。その熾烈(しれつ)な生き様から溢れ出る情熱を、本書から感じてほしいです。
ちなみに「フィールドの生物学」は、現役研究者にスポットを当てた良書に富んだシリーズとして知られ、現在生物学界隈で大活躍される方が若い頃に書き記したものが多く含まれます。1冊目にご紹介した、前野ウルド浩太郎さんの著書『孤独なバッタが群れるとき』や、2冊目の『アリの巣をめぐる冒険』も、このシリーズの一つです。
私たちのイメージとは大違いな希少種ゴキブリの世界
ゴキブリ・マイウェイ この生物に秘められし謎を追う(山と溪谷社)
まだ若い研究者、大崎遥花さんによる著書。店頭にご来店いただいた際も、はつらつとゴキブリ研究について語る、フレッシュな姿が印象的でした。
大崎さんの研究対象は、九州や沖縄の森の奥にひっそりと生息する(害虫ではない)クチキゴキブリ。世界でクチキゴキブリの研究をしているのは彼女しかいないとのことで、全てが新発見。この唯一無二さが、偏愛研究本の魅力です。
クチキゴキブリは速く走ることができなかったり、両親そろって子育てを行ったり、雄雌で翅の食い合いをしたりする。そうした生態について軽快かつ力強く語る著者の文章が、とにかく面白い。
私たちがイメージする屋内に発生する黒い影とはかなりかけ離れていて、ゴキブリが大嫌いでも、面白く読んでくださる方はきっといるはず!かくいう私も、この本に魅了されたひとりです。
俗説を次々と覆していく子どもたちの姿に感動
ヒルは木から落ちてこない。 ぼくらのヤマビル研究記 増補版(山と溪谷社)
最後に、昆虫ではありませんが「偏愛研究の書」として、ぜひ読んでほしい1冊を紹介します。
知らない間にヒトや動物の血を吸う、嫌われもののヤマビル。この影響による被害は年々増えているといいますが、そんなヤマビルの生態を追った子どもたちがいました。
これまで紹介した4冊は、研究者による主に昆虫についての書籍でしたが、この本は一風変わっています。「子どもヤマビル研究会」という団体に所属する、ヤマビルの生態を研究するために集まった子どもたちによる、奮闘の日々が記されているんです。
研究はかなり本格的で、調査や実験方法は驚くものばかり。
例えば、ヒルといえば木から落ちてきて人の首から血を吸うと考えられてきました。しかし子どもたちは「本当にそうなのだろうか?」と疑問を抱きます。実験方法を先生が指導するのではなく、子どもたちが主体的に考え、トライアンドエラーを繰り返す姿に、感動すら覚えます。
子どもたち目線なのでとても読みやすくなっているのも、本書の特徴。その知的好奇心にはハッとさせられるので、多くの人に読んでいただきたいです。
普段手に取らない分野でも、きっと新しい世界が広がっているはず
興味がないと、理工書の棚を訪れる機会はなかなかないかもしれませんが、読書好きの方に楽しんでもらえる本はたくさんあります。
今回は「偏愛研究の書」をテーマとして、ご自身も魅了されたというSさんによる推しポイントも交えながら、5冊の名著を紹介しました。
虫が苦手という人にも、ぜひ手にとってほしい名作ばかり。そこには研究者たちの、熱い生き様があります。
次回も、現場で働く書店員が新たなテーマで書籍を紹介しますので、どうぞお楽しみに。