記事前半に続いて、後半では、犬怪寅日子さんのインタビューや、オススメ本を挙げていただいた「犬怪寅日子書店」フェアをご紹介します。
プロフィール
犬怪寅日子
(いぬかいとらひこ)
神奈川県小田原市出身。『ガールズ・アット・ジ・エッジ』(MeDu COMICS)原作担当。本作で第12回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞し、デビュー。
現役の書店員。ジュンク堂書店 藤沢店で働く。好きな分野・ジャンルは児童書・文芸書・コミック。生きているのかわからないくらい物言わぬ幼少期を経て、母が企画・運営していた絵本展にて世界中の絵本に触れる。その後、漫画という文化を知り豪邸に住む友達の家の漫画を読み漁る。青年期を迎え、読んでいると格好いいと思い授業中にシェイクスピアを読破。人間の喋る言葉が好き。
※著者のシフトや個人情報に関するお問い合わせはご遠慮くださいませ。
犬怪寅日子インタビュー
これまで、ずっと文学賞に応募し続けて一度も一次通過しなかったというのは本当でしょうか。
犬怪
2回だけ一次通過したことがあります。17歳で天才としてデビューするはずが、気がついたら20年。よく頑張ったなと思います。
20年間、書くだけでなく多数のSF小説を読んでこられたことと思いますが。
犬怪
そこまでSFに触れてきた方ではないので、語るのは大変恐縮です。
では、なぜSFというジャンルを選ばれたのでしょうか。
犬怪
大前提としてSFは格好いいので好きです。そしてSFは変なこと、もの、ひと、を排除せず真摯に向き合うジャンルだなと感じていました。私の好んで触れてきたSFがロボットや人造人間といった、人間と似て非なるもの、を扱うものであることも理由のひとつだとは思うのですが、あらゆる「他者」に優しい感じがするので、自分の書いたものも受け止めてくれるのではないか、と思い応募しました。
SFが優しい、というのはどういうことでしょう。
犬怪
その彼が何者なのか、自分とどういう関わりがありそこに存在するのか、それによって何が起こっているのか、そういったことをつぶさに観察し、認め、どのような形であれそれを受け入れる土壌がSFにはあると思っていて、そこに私は優しさを感じます。
「他者」としてのロボットや異世界に向き合うということですか。
犬怪
そうですね。ロボットや異世界など、今の現実にはあり得なさそうなもの、未知のものを描けるのは、真摯に「他者」と向き合うからこそだと思います。そんなものはくだらないとか、ありえないとか、そういう見捨て方をせず、なんだかよく分からないものに、よく分からないなりに真剣に向き合う、という姿勢がSFにはあるような気がします。今現在の常識と「違う」ものを表現するというフォーマットそれ自体が、SFの寛容さを端的に表しているような気もしています。
SFを書くときと読むときの違いはありますか。
犬怪
書くのも読むのも、まだなにもわかっていないので、違いというのもわからないのですが。「読むSF」を考えたときに感じる魅力は、受け手ひとりひとりが独自の世界に浸ることができる点であると思います。同じ文章でも、それを受ける人間によって想像には幅があります。これはどのジャンルにもいえることで、「読むこと」自体の魅力ですが、未知なるもの、常識を越えたものを描くことが多いSFは、受け手の想像力が存分に発揮されるジャンルのひとつです。日常から離れた場所へ飛び込む没入感、そしてそこから戻ってきたときのなんとも言えない、ぼんやりとした感覚が味わえるのは、SF小説の大きな魅力のひとつであると感じています。
では、書くことの魅力はなんですか?
犬怪
私は小説を読むことが好きで、自分でもやってみよう! と思って書きはじめたタイプの物書きではなく、まず書くという行為が生活に必要で、それならば物書きになるのがいいだろう、と思い今までやってきたタイプです。小説を読むのはもちろん好きですが、文を読むこと自体が割と苦手なので、未だに小説がなんなのか、小説が書けているのか、まったくわかりません。ただ、書くという行為が癒しになっていることは間違いないと思います。
実際に小説を書き始めたきっかけは。
犬怪
私は幼い頃から、怒るということがどういうことがわからず、たぶん怒ったことがなかったのですが、高校一年の冬に保健室の先生に「怒る練習のために日記を書きなさい」と言われたのが、今現在の物を書くスタンスの原型です。ないものを見つける、というような作業だったので、書く、という行為が常に捏造を孕んでいる、ということには始めから自覚的であったように思います。
捏造を孕んでいる、とは?
犬怪
たとえば、ある物事についてのもやもやとした感慨があったとして、それを美しいと表現するか、醜いと表現するか、あるいはその他であるのか、表現の仕方は無限にあると思いますが、どれだけ正しく表現しようとしても、文として確定してしまえば、その他の可能性は潰されてしまいます。
他の可能性を排除することと、捏造はちがうのではないですか。
犬怪
捏造、という言葉より創造という言葉のほうが正しいのかもしれませんが、「美しい」と表現された感慨の中には曖昧な存在の「醜い」や「危うい」なども入っていたはずで、けれどそれは「美しい」という言葉に吸収され、書かれた途端に曖昧ないろいろな感慨が「美しい」に書き変わってしまう。言葉は感情より強い存在なので、書くという行為を続けると、世界に対しての解像度と共に、人間の形が強固になるような気がしています。それによる弊害も感じることはありますが。
人間の形が強固になることの弊害は?
犬怪
たとえば、一度それを「怒り」として書くと、それまで怒りと捉えていなかったものが怒りになり、次にそれとちょっと似たようなものに出会うと、「怒りだ!」と認識するようになってしまうことがあります。これは怒りに限らないので、自分について、あるいは自分の認識について書き続けることは、意図せず、凝り固まった極端な人間を作り出す危険を孕んでいるのではと思っています。
それでも犬怪さんが書き続けている理由は?
犬怪
自分の認識を書く、というのとは違って、物語、小説を書くという行為は、本来「美しい」という言葉ひとつで表現できるかもしれないものごとを、あらゆる別の言葉で、それも無駄と思えるほどの多くの言葉を使って表現しようとするものだと考えています。通常ならば排除されてしまうような曖昧なものを、曖昧なままに描くことも出来ますし、他人を書くということでもあるので、凝り固まっていくばかりの人間性が、ほぐれて自由になっていくような感覚もあります。 そういう意味で、SNSなどで書くことが多くなった現代人にも、自分の出来事ではなく、物語を書く、ということが癒やしになることはあるのかな、と考えています。
ありがとうございました。
お祝いコメント
日頃から一緒に働く仲間が映えある賞を受賞したこと、自分のことのように大変嬉しく思います。
個人的にSFは大好きなジャンルのひとつなので、身近な人がこのジャンルに大きな盛り上がりを作ったことには心からワクワクさせられました。
ぜひ今後もその才能を活かした執筆活動ができるよう、店舗スタッフ一同全力で応援したいと思います。
この度は本当におめでとうございます!
ジュンク堂書店 藤沢店
店長
丸善 仙台アエル店佐藤厚志さんが『荒地の家族』で第168回芥川賞を受賞したとき以来のビッグニュースで、誠におめでとうございます。 普段売らせていただいている小説作品の作り手が身内にいらっしゃるということに胸が踊ります。 SF好きの方も、まだSFをあまり読んだことが無い方も、SF作品の魅力をさらに感じていただける機会になって欲しいですし、 物語を自分で作ってみたいという方にとっても励みになると良いなと思っております。
デジタル事業部
チーフエディター 石原
犬怪寅日子書店

丸善ジュンク堂書店ネットストアをご覧になっているみなさまこんにちは!犬怪寅日子です!
ハヤカワSFコンテストで大賞をいただき『羊式型人間模擬機』という本が出ました。やったー!刊行記念で「おすすめのSF本(または参考になった本)」というお題をもとに、大好きな本を8冊選書した作家書店フェアを開催してもらってます。また、店頭では枚数限定のリーフレットも配布してます。ぜひご覧くださいませ!わーい!








フェア開催店舗
2025年2月下旬終了予定
丸善 仙台アエル店 / ジュンク堂書店 池袋本店 / ジュンク堂書店 藤沢店 / MARUZEN&ジュンク堂書店 新静岡店 / 丸善 名古屋本店 / 丸善 京都本店 / MARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店 / 丸善 博多店
前半 / ジュンク堂書店現役書店員 大賞受賞
後半 / 犬怪寅日子さんインタビュー