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第12回ハヤカワSFコンテスト 大賞受賞記念

犬怪寅日子さんインタビュー

記事前半に続いて、後半では、犬怪寅日子さんのインタビューや、オススメ本を挙げていただいた「犬怪寅日子書店」フェアをご紹介します。

羊式型人間模擬機
羊式型人間模擬機

第12回ハヤカワSFコンテスト 大賞受賞作

羊式型人間模擬機

    犬怪 寅日子

/

早川書房

/

¥1,600

(本体価格)

男性が死の間際に「御羊」に変身する一族に仕える「わたくし」はその肉を捌き血族に食べさせることを生業とするアンドロイド。ついに大旦那が御羊になったある日、「わたくし」は儀式の準備を進めるが、一族の者たちは「御羊」に対して複雑な思いを抱いていた
商品詳細

プロフィール

犬怪寅日子

(いぬかいとらひこ)

神奈川県小田原市出身。『ガールズ・アット・ジ・エッジ』(MeDu COMICS)原作担当。本作で第12回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞し、デビュー。
現役の書店員。ジュンク堂書店 藤沢店で働く。好きな分野・ジャンルは児童書・文芸書・コミック。生きているのかわからないくらい物言わぬ幼少期を経て、母が企画・運営していた絵本展にて世界中の絵本に触れる。その後、漫画という文化を知り豪邸に住む友達の家の漫画を読み漁る。青年期を迎え、読んでいると格好いいと思い授業中にシェイクスピアを読破。人間の喋る言葉が好き。

※著者のシフトや個人情報に関するお問い合わせはご遠慮くださいませ。

犬怪寅日子インタビュー

    これまで、ずっと文学賞に応募し続けて一度も一次通過しなかったというのは本当でしょうか。

犬怪

2回だけ一次通過したことがあります。17歳で天才としてデビューするはずが、気がついたら20年。よく頑張ったなと思います。

    20年間、書くだけでなく多数のSF小説を読んでこられたことと思いますが。

犬怪

そこまでSFに触れてきた方ではないので、語るのは大変恐縮です。

    では、なぜSFというジャンルを選ばれたのでしょうか。

犬怪

大前提としてSFは格好いいので好きです。そしてSFは変なこと、もの、ひと、を排除せず真摯に向き合うジャンルだなと感じていました。私の好んで触れてきたSFがロボットや人造人間といった、人間と似て非なるもの、を扱うものであることも理由のひとつだとは思うのですが、あらゆる「他者」に優しい感じがするので、自分の書いたものも受け止めてくれるのではないか、と思い応募しました。

    SFが優しい、というのはどういうことでしょう。

犬怪

その彼が何者なのか、自分とどういう関わりがありそこに存在するのか、それによって何が起こっているのか、そういったことをつぶさに観察し、認め、どのような形であれそれを受け入れる土壌がSFにはあると思っていて、そこに私は優しさを感じます。

    「他者」としてのロボットや異世界に向き合うということですか。

犬怪

そうですね。ロボットや異世界など、今の現実にはあり得なさそうなもの、未知のものを描けるのは、真摯に「他者」と向き合うからこそだと思います。そんなものはくだらないとか、ありえないとか、そういう見捨て方をせず、なんだかよく分からないものに、よく分からないなりに真剣に向き合う、という姿勢がSFにはあるような気がします。今現在の常識と「違う」ものを表現するというフォーマットそれ自体が、SFの寛容さを端的に表しているような気もしています。

    SFを書くときと読むときの違いはありますか。

犬怪

書くのも読むのも、まだなにもわかっていないので、違いというのもわからないのですが。「読むSF」を考えたときに感じる魅力は、受け手ひとりひとりが独自の世界に浸ることができる点であると思います。同じ文章でも、それを受ける人間によって想像には幅があります。これはどのジャンルにもいえることで、「読むこと」自体の魅力ですが、未知なるもの、常識を越えたものを描くことが多いSFは、受け手の想像力が存分に発揮されるジャンルのひとつです。日常から離れた場所へ飛び込む没入感、そしてそこから戻ってきたときのなんとも言えない、ぼんやりとした感覚が味わえるのは、SF小説の大きな魅力のひとつであると感じています。

    では、書くことの魅力はなんですか?

犬怪

私は小説を読むことが好きで、自分でもやってみよう! と思って書きはじめたタイプの物書きではなく、まず書くという行為が生活に必要で、それならば物書きになるのがいいだろう、と思い今までやってきたタイプです。小説を読むのはもちろん好きですが、文を読むこと自体が割と苦手なので、未だに小説がなんなのか、小説が書けているのか、まったくわかりません。ただ、書くという行為が癒しになっていることは間違いないと思います。

    実際に小説を書き始めたきっかけは。

犬怪

私は幼い頃から、怒るということがどういうことがわからず、たぶん怒ったことがなかったのですが、高校一年の冬に保健室の先生に「怒る練習のために日記を書きなさい」と言われたのが、今現在の物を書くスタンスの原型です。ないものを見つける、というような作業だったので、書く、という行為が常に捏造を孕んでいる、ということには始めから自覚的であったように思います。

    捏造を孕んでいる、とは?

犬怪

たとえば、ある物事についてのもやもやとした感慨があったとして、それを美しいと表現するか、醜いと表現するか、あるいはその他であるのか、表現の仕方は無限にあると思いますが、どれだけ正しく表現しようとしても、文として確定してしまえば、その他の可能性は潰されてしまいます。

    他の可能性を排除することと、捏造はちがうのではないですか。

犬怪

捏造、という言葉より創造という言葉のほうが正しいのかもしれませんが、「美しい」と表現された感慨の中には曖昧な存在の「醜い」や「危うい」なども入っていたはずで、けれどそれは「美しい」という言葉に吸収され、書かれた途端に曖昧ないろいろな感慨が「美しい」に書き変わってしまう。言葉は感情より強い存在なので、書くという行為を続けると、世界に対しての解像度と共に、人間の形が強固になるような気がしています。それによる弊害も感じることはありますが。

    人間の形が強固になることの弊害は?

犬怪

たとえば、一度それを「怒り」として書くと、それまで怒りと捉えていなかったものが怒りになり、次にそれとちょっと似たようなものに出会うと、「怒りだ!」と認識するようになってしまうことがあります。これは怒りに限らないので、自分について、あるいは自分の認識について書き続けることは、意図せず、凝り固まった極端な人間を作り出す危険を孕んでいるのではと思っています。

    それでも犬怪さんが書き続けている理由は?

犬怪

自分の認識を書く、というのとは違って、物語、小説を書くという行為は、本来「美しい」という言葉ひとつで表現できるかもしれないものごとを、あらゆる別の言葉で、それも無駄と思えるほどの多くの言葉を使って表現しようとするものだと考えています。通常ならば排除されてしまうような曖昧なものを、曖昧なままに描くことも出来ますし、他人を書くということでもあるので、凝り固まっていくばかりの人間性が、ほぐれて自由になっていくような感覚もあります。 そういう意味で、SNSなどで書くことが多くなった現代人にも、自分の出来事ではなく、物語を書く、ということが癒やしになることはあるのかな、と考えています。

    ありがとうございました。

お祝いコメント

日頃から一緒に働く仲間が映えある賞を受賞したこと、自分のことのように大変嬉しく思います。
個人的にSFは大好きなジャンルのひとつなので、身近な人がこのジャンルに大きな盛り上がりを作ったことには心からワクワクさせられました。
ぜひ今後もその才能を活かした執筆活動ができるよう、店舗スタッフ一同全力で応援したいと思います。
この度は本当におめでとうございます!

ジュンク堂書店 藤沢店
店長

丸善 仙台アエル店佐藤厚志さんが『荒地の家族』で第168回芥川賞を受賞したとき以来のビッグニュースで、誠におめでとうございます。 普段売らせていただいている小説作品の作り手が身内にいらっしゃるということに胸が踊ります。 SF好きの方も、まだSFをあまり読んだことが無い方も、SF作品の魅力をさらに感じていただける機会になって欲しいですし、 物語を自分で作ってみたいという方にとっても励みになると良いなと思っております。

デジタル事業部
チーフエディター  石原

犬怪寅日子書店

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丸善ジュンク堂書店ネットストアをご覧になっているみなさまこんにちは!犬怪寅日子です!
ハヤカワSFコンテストで大賞をいただき『羊式型人間模擬機』という本が出ました。やったー!刊行記念で「おすすめのSF本(または参考になった本)」というお題をもとに、大好きな本を8冊選書した作家書店フェアを開催してもらってます。また、店頭では枚数限定のリーフレットも配布してます。ぜひご覧くださいませ!わーい!

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第七官界彷徨
第七官界彷徨

第七官界彷徨

    尾崎翠

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河出書房新社

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¥670

(本体価格)

「人間の第七官にひびくような詩」を書きたいと願う少女・町子。分裂心理や蘚の恋愛を研究する一風変わった兄弟と従兄、そして町子が陥る恋の行方は? 忘れられた作家・尾崎翠再発見の契機となった傑作。

著:尾崎 翠
1896年鳥取生。女学校時代投稿を始め、故郷で代用教員の後上京。日本女子大在学中「無風帯から」、中退後「第七官界彷徨」等を発表。32年、病のため帰郷し音信を絶つ。のちに再発見されたが執筆を固辞。71年死去
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おすすめポイント

ある家庭とそこに住まう炊事係、という関係性から生まれるロマンス。「人間の第七官にひびくくような詩」を書くことを目標とする主人公から見た、兄弟それぞれの生き様と、主人公とのやりとりにきゅんとします。家族という関係性や、大正浪漫的雰囲気が好きな人におすすめ。

尾崎翠集成 上
尾崎翠集成 上

尾崎翠集成 上

    尾崎 翠

/

筑摩書房

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¥1,300

(本体価格)

鮮烈な作品を残し、若き日に音信を絶った謎の作家・尾崎翠。この巻には代表作「第七官界彷徨」をはじめ初期短篇、詩、書簡、座談を収める。
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おすすめポイント

短い文筆期間の中で、多くの名作を残した尾崎翠。幻想的で、瀟洒で、掴みどころがないのに気づくと深く刺さっている。『羊式型人間模擬機』が書けたのは、かなり氏の存在が大きいような気がします。座談や書簡なども収録されていて、より人間・尾崎翠を感じられる一冊。ただただおすすめです。

女王の百年密室 GOD SAVE THE QUEEN
女王の百年密室 GOD SAVE THE QUEEN

女王の百年密室 GOD SAVE THE QUEEN

    森 博嗣

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講談社

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¥880

(本体価格)

旅の途中で道に迷ったサエバ・ミチルとウォーカロンのロイディは、高い城壁に囲まれた街に辿りつく。高貴な美しさを持つ女王・デボウ・スホの統治の下、百年の間、完全に閉ざされていたその街で殺人が起きる。時は二一一三年、謎と秘密に満ちた壮大な密室を舞台に生と死の本質に迫る、伝説の百年シリーズ第一作。


旅の途中で道に迷ったサエバ・ミチルとウォーカロンのロイディは、高い城壁に囲まれた街に辿りつく。高貴な美しさを持つ女王、デボウ・スホの統治の下、百年の間、完全に閉ざされていたその街で殺人が起きる。時は2113年、謎と秘密に満ちた壮大な密室を舞台に生と死の本質に迫る、伝説の百年シリーズ第一作。
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おすすめポイント

百年のあいだ閉ざされていた、ある女王の統治する街。その大規模な密室の謎を追いかける主人公と、相棒である自律型ヒューマノイド、ロイディとの関係がたまりません。ロボット、アンドロイド、ヒューマノイド、違いはよくわからないけど、人型と人間とのやり取りが好きな人におすすめ。

大長編ドラえもん3 のび太の大魔境
大長編ドラえもん3 のび太の大魔境

大長編ドラえもん3 のび太の大魔境

    藤子・F・ 不二雄

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小学館

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¥500

(本体価格)

●あらすじ●「どうしても探検がしたい」と、せがむのび太のために、ドラえもんは道具を使って探検場所を探してみるが、やっぱり見つからない。そんなとき、のび太は一ぴきの不思議な犬と出会った。名まえはペコ。そして、まるでその場所を知っているかのようなペコの行動で、のび太たちのめざす探検先が見つかった。そこはアフリカの奥地に広がる謎の森、ヘビー・スモーカーズ・フォレスト!! さっそく、ジャイアンにスネ夫、それにしずちゃんも加わって、のび太たちはアフリカ探検に旅立った。しかし、出発してまもなく、ドラえもんの道具のおかげで探検の雰囲気がぶちこわしになることにジャイアンが腹を立て、役に立つ道具をすべて空地に置いてきてしまった。そのため、次つぎとふりかかる災難にのび太たちは悪戦苦闘の連続!! のび太たちはめざす大魔境、ヘビー・スモーカーズ・フォレストに無事到着できるのか!? ハラハラドキドキの大長編シリーズ第3弾!!
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おすすめポイント

SFとの最初の出会いはドラえもんという人も多いのではないでしょうか。耳のない猫型ロボットとの暮らしという、日常としての非日常。大長編ドラえもんはその日常から大きな非日常(事件)へ、そしてまた日常へと戻っていく流れが大好きです。全人類におすすめ。

肩胛骨は翼のなごり
肩胛骨は翼のなごり

肩胛骨は翼のなごり

    デイヴィッド・アーモンド

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東京創元社

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¥700

(本体価格)

●宮崎駿氏推薦――「心ふるえる、初々しい思春期をふしぎな男との出会いを通して描いている。妙にねじれず素直な描写、心あらわれる結末。ぼくは大スキです。おすすめ。」

【カーネギー賞・ウィットブレッド賞受賞】
引っ越してきたばかりの家。古びたガレージの暗い陰で、ぼくは彼をみつけた。ほこりまみれでやせおとろえ、髪や肩にはアオバエの死骸が散らばっている。アスピリンやテイクアウトの中華料理、虫の死骸を食べ、ブラウンエールを飲む。誰も知らない不可思議な存在。彼はいったい何? 命の不思議と生の喜びに満ちた、素晴らしい物語。カーネギー賞、ウィットブレッド賞受賞の傑作。訳者あとがき=山田順子
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おすすめポイント

ガレージの隅に住む、アスピリンと中華料理と虫の死骸を食べて生きる「人のような何か」と少年少女との出会いの物語。夢や希望が形を持ったものが翼だとすれば、人間にはかつて翼が生えていたのか、それともこれから翼が生えるのか。少年時代の感覚を取り戻したい人におすすめ。

われはロボット 決定版
われはロボット 決定版

われはロボット 決定版

    アイザック・アシモフ

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早川書房

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¥980

(本体価格)

ロボットは人間に危害を加えてはならない……このロボット工学三原則の第一条を改変されたロボットの事件にロボット心理学者キャルヴィンが挑む「迷子のロボット」はじめ、少女グローリアの最愛の友であるロボットのロビイ、ひとの心を読むロボットなど、ロボット工学三原則を創案した巨匠が描くロボット開発史
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おすすめポイント

安全であり、命令に忠実で、なおかつ自身も守る、というかの有名な「ロボット工学三原則」の元ネタであるロボット小説。三原則があるロボットたちがなぜそんな行動を取ったのか、という謎解きの面白さと、ロボットが抱える悲哀にきゅんときます。すべてのロボット好きにおすすめの(ロボット好きは読んでいるとは思いますが)一冊です。

25時のバカンス 市川春子作品集(2)
25時のバカンス 市川春子作品集(2)

25時のバカンス 市川春子作品集(2)

    市川 春子

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講談社

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¥800

(本体価格)

深海生物圏研究室に勤務する西 乙女は、休暇を取って久しぶりに弟の甲太郎と再会する。深夜25時の海辺にて乙女が甲太郎に見せたの は、貝に侵食された自分の姿だった。(『25時のバカンス』)
土星の衛星に立地する「パンドラ女学院」の不良学生・ナナと奇妙な新入生との交流を描く。(『パンドラにて』)
天才高校生が雪深い北の果てで、ひとりの男と共同生活を始める。(『月の葬式』)
以上3編を収録!
ロングセラー作『虫と歌 市川春子作品集』を描いた市川氏が放つ、およそ1年ぶりの最新作!!
詳細はこちら

おすすめポイント

もはや私の中でバイブルとなった『宝石の国』の著者、市川春子さんの短篇集。物事の純度を高めて、高めて、高めすぎると、中からどろりとしたものが出てくるような、きらきらとどろどろの共生が魅力的です。独特の音の表現も見所。無機物好き、SF好きにおすすめ。

西瓜糖の日々
西瓜糖の日々

西瓜糖の日々

    R・ブローティガン

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河出書房新社

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¥780

(本体価格)

コミューン的な場所アイデス〈iDeath〉と〈忘れられた世界〉、そして私たちと同じ言葉を話すことができる虎たち。澄明で静かな西瓜糖世界の人々の平和・愛・暴力・流血を描き、現代社会をあざやかに映した代表作。
詳細はこちら

おすすめポイント

短い白昼夢がいくつも続いているような、詩的で幻想的な世界。愛も夢も暴力もすべてが同時に、そして平等に存在していて、まどろみの中にいるような唯一無二の読みごこちが体験できます。短いセンテンスがぐっと刺さるので、詩や箴言が好きな人におすすめ。

前半 / ジュンク堂書店現役書店員 大賞受賞

後半 / 犬怪寅日子さんインタビュー