徳川昭武は、欧州各国で「プリンス・トクガワ」と呼ばれ、将軍の後継者とみなされていた。昭武の別荘は松戸にあり、維新後そこで慶喜らと写真撮影や作陶などに興じた。昭武が残した写真は趣味の域を超え芸術としても出色の作品であり、どこでそのような技術を身に付けたのか謎であった。昭武は第3回のパリ万博に幕府名代として出席、パリ滞在中に写真師ジャックと知り合う。ジャックは写真の黎明期に遭遇し、一生の仕事にするとともに当時勃興していた印象派の画家達や作家、知識人との付き合いもあった。彼らは当時の最新技術であった写真に並々ならぬ関心を持っていた。そんな彼らと接するうちにジャックは写真撮影の革新を考える。しかし、普仏戦争を境に、世の中は大きく変わってゆく。セザンヌは展覧会に「首吊りの家」を出展。ジャックはそれを見て、写真と絵画の違い、類似点などを考えながら写真芸術の本質を極め始める。20世紀になって彼は日本に渡り、昭武が撮影した写真に遭遇する。それは当時の松戸の風景などを撮影し、現像したものだった。そこには、自らの幕府が作り上げた国家に対する愛着か、昭武が目撃した西洋文化習得に邁進していく新政府に感じるものがあったのだろうか。本書は、19世紀半ば以降のフランスを舞台に、実在の画家や小説家、そして写真家が登場する。徳川昭武とジャックが狂言回し的な役割を果たし、当時の芸術家達の状況や芸術論、思想が描かれる。