平安末期以降、源信僧都や明恵上人等によって光明真言の信仰が称揚され、経説の趣旨に従って土砂を加持し、
亡者の得脱・滅罪を祈る土砂加持法会が盛んになった。六道の衆生を救済するという意味で、六座の法会を連続
して修するのを本儀とするが、現代では寺院の年忌や壇信徒の追善・祈願のためでも、略して一座のみを行うこ
とが普通となった。本書の題に「一座」と冠し、編者が「非法と雖も」等と断るのはその所以である。過去には
六座を前提とした次第が刊行された例もあるが、本書は全く一座法会用の導師の行法次第として編まれた点が異
なる。
なお、編者中川善教阿闍梨は平成二年三月に遷化せられたので、この種の編纂物としては遺作となった。