
リップグリップ・倉田シウマイの新書探検ナビ
No.1 "物語"からのリアル脱出法
新書大好き芸人のリップグリップ・倉田シウマイさんによる、新書好きによる新書好きのための新書探検ナビ。新書を通して、新たな知的好奇心の扉を開いていく連載記事です。記念すべき第1回は、「"物語"からのリアル脱出法」。朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』(日本経済新聞出版)にてテーマとして取り上げられた「推し活」について、難波優輝さんの『物語化批判の哲学』(講談社/講談社現代新書)を通して読み解いていきます。
もしすでに朝井リョウの小説『イン・ザ・メガチャーチ』のその先が書かれていたら読んでみたくはないですか?
『イン・ザ・メガチャーチ』はファンダム経済をめちゃくちゃ高い解像度で描き切り、2026年度本屋大賞を受賞しました。ファンダム経済とは、特定の人物や作品などのファン集団が自分たちの意志で購買や拡散を行って経済を動かす仕組みです。
ファンダム経済を活性化させるのに必要なのが“物語”です。“物語”は、推しがこれまで歩んできた歴史と推しがこれから売れていく未来を繋ぎ、推しを売れさせるという目的を生きる意味としてファンに与えます。
『イン・ザ・メガチャーチ』は、三人の主人公が別の視点からファンダム経済に参加し、“物語”の強大な力を体験する小説です。
一人目の主人公は武藤澄香、海外留学に有利な地方の大学に通う学生です。自分の人間性が留学に向いているか自信を持てずにいると、ひょんなことから新たにデビューする男性アイドルにハマっていきます。最終的には親が自分のために用意していた留学費用をアイドルのために使ってしまいます。
彼女が選んだのは、自分の将来という“物語”からアイドルの成功という“物語”に乗り移ることでした。ファンダム経済はファンを魅力的な“物語”に引き込んで、現実に必要としているお金まで使わせてしまいます。
たとえ人生が苦しくなろうとも“物語”さえあればしあわせかもしれません。しかし、“物語”は永遠ではありません。
二人目の主人公は隅川絢子、舞台俳優を熱心に推す派遣社員です。少ない可処分所得を推し活に使っていると、推しの俳優が自殺してしまいます。そして、報道を信じることができず、陰謀論者の活動に身を投じます。
彼女が選んだのは、推しの死という“物語”を否定し、報道機関が死を偽装しているという“物語”のゾンビを信じることでした。ファンダム経済は“物語”の中毒者を生産するのです。
『イン・ザ・メガチャーチ』が多くの読者から高く評価された理由は、“物語”でファンを操ろうとする側の視点を描いているからだと思います。
三人目の主人公は久保田慶彦、レコード会社のサラリーマンで、かつての友人の誘いでアイドルのプロデュースに参加します。アイドルのMBTI(個人を16の性格類型に分類した、性格診断のひとつ)などの情報を駆使して、熱量の高い一万人のファンを創出することに尽力します。そうして気づかぬうちに、自身も担当するアイドルにのめり込み、大きな過ちを犯してしまいます。
ファンダム経済における“物語”はその使い手すら狂わせるほどの力がある。この点が本作の最も恐ろしいところです。
では、人生をおかしくするような絶望が待っている“物語”から逃れる術はないのでしょうか。『イン・ザ・メガチャーチ』のその先にあるのは絶望だけなのでしょうか。
2025年7月、奇しくも『イン・ザ・メガチャーチ』が単行本として出版される2ヶ月前に、講談社現代新書から一冊の新書が出版されました。それが、難波優輝『物語化批判の哲学 - 〈わたしの人生〉を遊びなおすために』です。
難波さんは“物語”の支配から解放されるために、“物語”を批判します。物語には他者の理解を型にはめ、感情の動きをコントロールする力があります。推しのMBTIを元に過剰に共感するファンが生まれるのはその一例です。
“物語”以外に自分と世界を理解する方法として、“遊び”が挙げられます。物語を語ることは上演することに他ならず、「上演=プレイすること」は人生の遊び方の一種類にすぎないからです。
ここでは難波さんが検討した四種類の遊び(ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃ)のなかから、ギャンブルを紹介します。
ギャンブルをするとき、人は退屈を克服することができます。退屈さはある状況で自分が必要とされてないときに発生します。ギャンブルをすれば、リスクを引き受け、結果が明確になる瞬間までの過程を楽しむことができ、自分が必要とされていない状況を脱することができるからです。
ギャンブルと物語の決定的な違いはその結末です。物語は人生を一つのストーリーに編み直します。ある程度の流れを想定し、段階的に人生を展開していきます。対してギャンブルをするときは過去も未来も放置して、現在の偶然に身を任せます。ギャンブルはあらかじめ合理的に判断できないがゆえに、物語を切断する力があるのです。
難波さんはパチンコやカジノを奨励している訳ではありません。むしろギャンブルする機会が社会から奪われ、パチンコやカジノといった施設に独占されていることが問題だと主張します。人生にはもっとギャンブルする機会、カオスと戯れる機会が必要なのです。
この世は今や“物語”という教義が広められたメガチャーチです。メガチャーチから脱出したい方、『イン・ザ・メガチャーチ』のその先を考えてみたい方はぜひ『物語化批判の哲学』を読んでみてください。
2026-05-15
PROFILE
倉田シウマイ
(リップグリップ)
マセキ芸能社のお笑い芸人。
京都大学出身。
2015年10月に相方の岩永とリップグリップを結成。
新書を紹介する個人YouTubeチャンネル「新書といっしょ」を運営するかたわら、お笑いライブや大学の講義で新書の魅力を広めている。

リップグリップ 倉田シウマイ
@lipkurata
新書といっしょ
@standbyshinsho