■ドキュメンタリー映画『Black Box Diaries』何を問い、何が問われるのか
性暴力の被害者がカメラを手に取り、告発に出たとき、何が起こるのか。伊藤詩織さんが、自身の受けた性暴力を追及する過程を記録し、作品化した『Black Box Diaries』が議論を巻き起こしている。作品は性暴力や社会の不正義を告発するだけでなく、世間が思い描く被害者像とはかけ離れたリアルな人間の姿が映し出されていた。海外では米アカデミー賞にノミネートされるなど高い評価を受ける一方、日本では許諾を得ていない映像・音声の使用などをめぐる倫理的な問題が指摘され、公開に至っていない。議論は多岐にわたるが、本誌では伊藤さん本人の作品に寄せる思いと、ドキュメンタリー作家である想田和弘さんの指摘を紹介したい。
●伊藤詩織監督に聞く
「日本へのラブレター」届くと信じて
聞き手/石橋学
国内では未公開ながら、その手法も含めて作品はさまざまな議論の只中にある。2015年4月のあの日からもうすぐ10年――。パリからリモートでいまの思いを語ってもらった。
◆インタビューを終えて
この国を覆うブラックボックスを開けるには、作品の日本公開が必要だ
石橋学
◆2月20日に伊藤詩織さんの代理人である師岡康子、神原元両弁護士が発表したコメント (要約)
●被写体の声に真摯に耳を傾ける
ドキュメンタリー映画と倫理的責任
想田和弘
ドキュメンタリー作家であり、本年度ベルリン国際映画祭ドキュメンタリー賞の審査員も務めた想田監督は、映画が持つ力の大きさゆえに、作り手には高い倫理、誠実さ、透明性が必要だと語る。