【書評】
「未来の神経免疫学への羅針盤―『免疫性神経疾患ハンドブック(改訂第2版)』をひもとく」
近年,自己免疫機序による神経疾患の研究は飛躍的に進展し,臨床現場でも新たな診断基準や治療薬の登場によって,診療のパラダイムが大きく変わりつつある.そうした変化を的確に捉え,現在進行形の神経免疫学の全体像をコンパクトにまとめた一冊が,本書である.
本書の大きな特徴は,第一線で活躍する神経免疫学の専門家たちが執筆を担当しながらも,全体として統一感ある構成と記述を保っている点にある.個々の章がバラバラにならず,初心者にも無理なく読み進められるよう,疾患ごとの記載が一貫したフォーマットで整えられている.そのため,「神経免疫疾患とはそもそも何か?」という初学者の問いに対しても,自然と理解が深まる作りになっている.
特筆すべきは,従来の知識の整理に留まらず,最新の病態研究―たとえば自己抗体の発見や神経系における免疫細胞の役割―についても平易かつ的確に解説されている点である.また,新規治療薬(抗補体療法やFcRn阻害薬など)の作用機序や臨床的有用性についても,臨床試験の結果を踏まえて紹介されており,臨床と研究を橋渡しする視点が随所にちりばめられている.
本書を手にした若手医師のなかには,「神経免疫疾患」と聞くと難解で複雑な印象をもつ方もいるかもしれない.しかし本書では,Guillain—Barré症候群,慢性炎症性脱髄性多発神経炎(chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy:CIDP),視神経脊髄炎,自己免疫性脳炎など,実臨床で出会う頻度の高い疾患を軸に据え,それぞれの病態,診断,治療が過不足なくまとめられている.さらに,発症メカニズムに関する最前線の知見が,図表や模式図を活用して視覚的にも理解しやすく提示されているため,難しさを感じることなく読み進めることができるだろう.
読み進めるうちに,「なぜ免疫が神経を攻撃するのか?」「この自己抗体はどこから生まれるのか?」といった,より深い問いが自然と湧いてくる.その好奇心こそが,若い読者を神経免疫学の世界へと導くきっかけとなるはずだ.
臨床に携わる医師にとって,神経免疫疾患の理解はもはや専門家だけのものではなくなっている.高齢化社会の進展とともに,多彩な免疫関連神経疾患に遭遇する機会は今後ますます増えるだろう.本書は,そのような時代において,診療の現場と研究の最前線をつなぐ羅針盤となるに違いない.
脳神経内科を志す若手医師や,これから神経免疫学の扉を開こうとするすべての方に,ぜひ手にとっていただきたい一冊である.
臨床雑誌内科137巻1号(2026年1月号)より転載
評者●戸田達史(国立精神・神経医療研究センター 病院長)
【目次】
第Ⅰ章 総論
A 免疫性神経疾患と細胞性免疫
1.神経免疫学の発展
2.細胞性免疫の基礎
3.神経免疫学 -基礎から最近の動向まで
B 免疫性神経疾患と液性免疫
1.免疫性神経疾患と液性免疫の関わり
C 血液脳関門(BBB)と血液神経関門(BNB)
1.構造と機能
2.免疫性神経疾患とバリアの研究・臨床応用
D 免疫性神経疾患と幹細胞(iPS細胞の活用を含む)
1.神経炎症と幹細胞
2.神経免疫疾患とiPSCs研究
E 免疫性神経疾患と腸管免疫
1.腸内細菌が神経炎症を制御するメカニズム
2.腸内細菌叢研究の臨床応用
F 免疫性神経疾患の動物モデル
1.多発性硬化症/視神経脊髄炎
2.自己免疫性末梢神経炎(Guillain-Barre症候群,慢性炎症性脱髄性多発根神経炎)
3.重症筋無力症
4.炎症性ミオパチー
G 免疫性神経疾患のバイオマーカー
1.髄液バイオマーカー
2.末梢血バイオマーカー
H 免疫性神経疾患治療概論(ステロイド,免疫抑制薬,分子標的薬)
第Ⅱ章 免疫性中枢神経疾患
A 多発性硬化症
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病理と発症機序
4.検査所見
5.診断
6.治療と予後
B 視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病理と発症機序
4.検査所見
5.治療
C MOG抗体関連疾患(MOGAD)
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病態と発症機序
4.検査所見
5.診診断
6.治療と予後
D 急性散在性脳脊髄炎(ADEM)
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病因と病態
4.検査所見
5.診診断
6.治療と予後
E 自己免疫介在性脳炎・脳症(AE)
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見(検査所見を含む)
3.病理と発症機序
4.診診断
5.治療と予後
F 免疫性中枢神経疾患の鑑別診断
第Ⅲ章 免疫性末梢神経疾患
A Guillain-Barre症候群(GBS)
B Miller Fisher 症候群と関連疾患(Bickerstaff 脳幹脳炎を含む)
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病態と発症機序
4.検査所見
5.診診断
6.治療と予後
C 慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病態と発症機序
4.検査所見
5.診断
6.治療と予後
D 多巣性運動性ニューロパチー(MMN)
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病因と病態
4.診断と鑑別診断
5.治療と予後
E IgM パラプロテイン血症を伴うニューロパチー
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病理と発症機序
4.検査所見
5.診断
6.治療と予後
F 自己免疫性ノドパチー(AN)
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病態と発生機序
4.検査所見
5.診断
6.治療と予後
G クロウ・深瀬(POEMS)症候群
1.臨床疫学
2.症状と神経学的・内科的所見
3.病理と発症機序
4.検査所見
5.診断
6.治療と予後
第Ⅳ章 免疫性筋疾患
A 重症筋無力症(MG)
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病態と発症機序
4.検査所見
5.診断
6.治療と予後
B Lambert-Eaton 筋無力症候群(LEMS)
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病理と発症機序
4.検査所見
5.診断
6.治療と予後
C 炎症性ミオパチー
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病理と発症機序
4.画像所見
5.検査所見
6.診断
7.治療と予後
第Ⅴ章 その他の免疫性神経疾患
A HTLV-1関連脊髄症(HAM)
B 神経Behçet病と神経Sweet病
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病理と発症機序
4.画像所見
5.検査所見
6.診断
7.治療と予後
C 膠原病に伴う神経障害(血管炎症候群を含む)
1.膠原病と神経障害
2.血管炎症候群
3.Sjögren症候群
4.IgG4関連疾患
D 橋本脳症
1.臨床疫学
2.症状と神経学的所見
3.病理と発症機序
4.検査所見
5.診断
6.治療と予後
E 傍腫瘍性神経症候群(PNS)
1.臨床疫学
2.自己抗体
3.症状と神経学的所見
4.病理と発症機序
5.診断
6.治療と予後
F Isaacs症候群とMorvan症候群
G Stiff-person症候群(SPS)
1.臨床疫学と病型
2.症状と神経学的所見
3.病理と発症機序
4.検査所見
5.診断
6.治療と予後
H 自己免疫性自律神経調節障害(AAG)
1.臨床疫学と病型
2.症状と神経学的所見
3.病理と発症機序
4.検査所見
5.診断
6.治療と予後
第Ⅵ章 神経変性疾患,脳血管障害における免疫の関わり
A 神経変性疾患と免疫
1.神経変性疾患におけるグリア細胞の活性化と神経炎症
2.「非細胞自律性神経細胞死」 という新たな病態の概念
3.神経炎症におけるミクログリアの分子病態
4.神経炎症におけるアストロサイトの分子病態
5.神経変性疾患における獲得免疫の役割
6.神経変性疾患における自然免疫反応の役割
B 脳血管障害と免疫
1.脳梗塞急性期と自然免疫
2.脳梗塞慢性期と自然免疫
第Ⅶ章 トピックス
A 自己免疫性/傍腫瘍性小脳性運動失調に関連する新たな自己抗体
1.metabotropic glutamate receptor(mGluR)2抗体
2.glutamate kainate receptor subunit(GluK)2抗体
3.seizure-related 6 homolog like 2(Sez6l2)抗体
4.Neurochondrin抗体
5.adaptor protein-3B2(AP3B2)抗体
6.Septin5抗体
7.regulatory of G-protein signaling(RSG)8抗体
8.Homer3抗体
B 抗Plexin D1抗体と神経障害
1.自己抗体介在性神経障害性疼痛
2.抗Plexin D1抗体