古代ギリシア以来の西欧美術の伝統においては、人の身体こそが、もっとも頻繁にとりあげられるモティーフであり、それこそが美の規範であった。古代ギリシア語で「美しい」を意味する「カロス」はとりわけ人体の外観がもつ魅力を意味していたのである。古代ギリシア人は、一定の要件を満たすことにより普遍的な「美」を達成できるとする、いわゆる「客観美」の立場をとっていたが、その美の要件とは「コスモス/秩序」、つまり調和であり、ピュタゴラス学派やプラトンの影響のもと、数的・幾何学・音楽的な調和こそが美であると考えていた。そのギリシア人たちにとって、宇宙/マクロコスモスの調和を地上世界において体現するのが、均斉のとれた人体という小宇宙/ミクロコスモスであり、「カノン」と呼ばれる規範的な人体の比例関係が定められ、「八頭身」を理想とする規範的人体のイメージが成立したのである。この「カノン」は、後期クラシック、ヘレニズム、そしてローマへとひきつがれ、やがてルネサンスにおいて大々的に復興されることとなる。そしてここに、〈美〉の起源としての人体表象を探る、愛と豊穣を司るレダの女性裸体美に、《ウィトルウィウス的人体》の究極の理想美に、愛を交歓する男と女の組み結ぶ官能美に、システィーナ礼拝堂天井画の男性裸体美に、そしてそれらすべてを身にまとうキリストの造形美に、〈美〉すなわち生命の〈神秘〉の起源を探る、舞台が幕を開ける。この舞台では、ルネサンスからバロックにかけての時代の西欧美術を理解するうえで、もっとも基本的な知識と展望に加えて新たな視点が視覚的に演じられることになる。