ここに書かざるをえなかった言葉がある。書かずにはいられなかった言葉がある。
それは決して洗練された言葉のつらなりではないかもしれない。むしろ、どこか野暮ったい感じすら伴っているかもしれない。
けれども、確かに伝わってくるある種の力があるのは確かだ。
ここに、清水葉子という人間がしっかりと存在しているということ。さまざまな人生のできごと、さまざまな苦しみ、悩み、あるいは悦びや楽しみを、常に全身全霊で受け入れ真正面からぶつかってきた一人の女性がいるということだ。
今年80歳の傘寿を迎える清水葉子は、若き日から生まれ育った地である茨城新聞に詩を投稿し、いくども選ばれて掲載された。それが彼女の詩を書く人生の出発点となった。とはいえ、彼女はしっかりとした詩の訓練を受けたことはなく、見よう見まねで、いわば本能に従って詩を描いてきたのだといえるだろう。
いま「詩を描いていた」と書いたが、これは彼女にとって詩は「描く」ものだったのではないかという感を、読んでいて受けたからだ。
彼女は詩を書くと同時に、油絵も描く。彼女の描く油絵を見れば、そこにまさに独自の世界があること、彼女が常の人とは異なる目で世界を見ていることが即座に了解されるはずである(実際、彼女の絵は幾度もさまざまな展覧会で賞を受けてもいる)。
根底にある表現の衝動は同じものなのだ。それが絵筆を通して現れると油絵となり、鉛筆を通して現れると詩となる。そういうことなのだと、思う。
一人の人間の数十年にわたる人生の悲喜こもごもが、ここにはひとつの大きなうねりのようなものとして描き出されている。彼女は生身をさらけ出して、波乱万丈の人生を送ってきた。ここにあるのはその長い時間が凝縮された一つの絵画なのだ。言ってみれば、それは生身の絵なのである。(遠藤 徹 同志社大学教授)