町工場を経営していた父親の跡を継ぎ経営者になった著者が、倒産寸前の町工場をいかにして再生させたかの実話とともに、現場改革によって導き出された町工場経営の秘策を余すところなく解説した。
当時23歳の著者が入社したその日、社員は12人ほど。そこにいたのは、まるで暴走族の集まりのような茶髪にピアスのヤンキーや、挨拶しても全員にスルーされる職場だった。
朝礼はなく、誰かがラジカセで「ラジオ体操第1」を流し始めるとみんながダラダラと体を動かし始める。終業のチャイムが鳴れば、誰からともなく掃除を始め、そのまま解散。挨拶はない。仕事中に堂々とサボる者もいる。話題はいつも競馬やパチンコの話ばかり。およそ職場とは思えない、ゆるみきった空気が支配していた。ほとんどの社員が喫煙者で、吸い殻を平気で工場の床に投げ捨て、足で踏み消す。
このままでは、会社はどんどん悪くなる。
まず著者が始めたのは、「タバコを灰皿に捨ててくれ」とみんなに呼びかけることだった。やめていたタバコを再開し、自分が率先して灰皿に吸い殻を捨てる姿を見せ続けた。
その習慣を変えるのに、じつに3年もの歳月がかった。
一番の問題は、奇妙なことに、いくら忙しく働いても会社の経営は一向に楽にならないことだった。帳簿上は赤字の状態が続いていた。
「こんなに忙しいのに赤字だなんて、おかしい」
その原因は、値引きをしてでも仕事を取り続けてきたからだった。その結果が「忙しいのに儲からない」という最悪の状態を生み出していた。
このままではダメだ。根本から会社を変えなければ。
そこで著者はマネジメントを体系的に学び、本格的に工場経営の改善に着手した。
2011年、著者は三代目社長のバトンを受け継いだ。
社長に就任してから、私は大ナタを振るった。先代の時代から続く「安ければ仕事が来る」という考えを捨て、数々の改革に取り組んだ。その結果、多くの社員が会社を去っていった。
会社の規模は数字の上では大きく縮小し、売上高は10年前と比べて25%ダウン、社員数は約18名から6名へと、3分の1にまで減った。だが、売上と社員数は大きく減ったのに、社員一人当たりの粗利益は倍以上に跳ね上がった。一時期は411万円まで落ち込んだこの数字を、わずか5年で3倍近くまで回復させるV字回復を成し遂げた。
本書では、著者がどのようにしてこの「逆転」を実現させたのか、その具体的な道のりを紹介した。机上の空論ではなく、泥臭く、汗と涙を流しながら見つけ出した「生身の町工場経営術」である。