敗戦、焦土のなかで立教小学校創設に力を尽くした教育者、有賀千代吉(1895〜1987)の物語。
有賀千代吉は、戦前カナダ・バンクーバーの日系社会でジャーナリスト、牧師、日本語学校校長として活躍したクリスチャンだった。キリスト教主義の立教学院は、戦時中に軍国主義に抗しきれなかったことから幼児教育の必要を痛感し、戦後の再建を小学校創設から始めた。この大事業を託されたのが有賀千代吉だった。千代吉は四半世紀をカナダ社会に献身しながらついに市民権を与えられないまま、真珠湾攻撃と同時に危険な日本人指導者39人の一人としてカナダ政府に逮捕されてしまう。そして2年間の収容所生活の後、捕虜交換船による日本帰還を決断するが、寄港地のシンガポール(当時昭南島)で軍国主義の空気を嫌って途中下船、ここで敗戦を迎え、1年半後に無一文で祖国に戻った。立教学院が無名の千代吉に小学校創設を要請する経緯は不思議な巡り合わせに満ちている。クリスチャンとして培った強い信念と天性の際立つ個性によって「愛の教育」を実行した千代吉は、13年間で小学校の基礎を築き退職し、7年後に全財産を立教学院に寄贈すると、再び北米大陸に去って行く。その知られざる生涯を、埋もれた歴史の中から掘り起こす。