「近代国家」として成立したにもかかわらず、日本はなぜ天皇制という君主制を採用したのか。また君主制にもかかわらず、君民一体という共和主義的志向性が密かに湧出されてくるのはなぜか。天皇制とデモクラシーはどう調和できるのか。無政府主義者・幸徳秋水や大正期を代表するデモクラットの吉野作造と代議制への批判者であった上杉慎吉、さらに戦後の中曽根康弘の共和主義思想までを分析しつつ、日本にとって国体とは何か、なぜそれが天皇と人民との人格どうしの法外の結びつきとして求められ続けなければならなかったのかを考察する。