世界的に著名な作曲家・佐藤聰明のこの十年の思いをつづるエッセイ集。青春時代の思い出、痛切な能体験、音楽創造のあらゆる局面についての独自の見解など、話は多岐にわたる。宗教の本質とも対峙する思索は深く、この百年で書かれた最も厳しい芸術論といえる。
「芸術家の美を求める旅程に終わりはない。/しかし悟りをえた後には安心立命という褒美があるようだが、芸術家にもたらされるものは何もない。死を迎えるまでの果てのない呻吟のみである。/しかし凡百の説法を聴聞するより一曲の浄らかな音楽に耳を澄ますことのほうが、すべての宗教の核心にある聖なるものに触れえるだろう。/なぜなら音楽は直感によってのみもたらされるものだからだ。/森羅万象の声が作曲家の耳を通し濾過され抽出されているからである。」(本文より)