序章 「死の終焉」という言葉をAIに告げられたときにいよいよ書き終える時期なのだと思った。
第1章 デジタルネイチャーからマタギドライヴへ
「魔法の世紀」に汎化してゆく「デジタルネイチャー」
エンド・トゥ・エンドなデジタル自然の実装に向けて
ポストデジタルネイチャーの文化的探求
デジタルネイチャーに復権する狩猟性「マタギドライヴ」
「テクノ民藝」としてのアートクリエイションの可能性をさぐる
【解説】狩猟採集から農耕・工業社会への急速な変化と進化的ミスマッチ
第2章 デジタルネイチャー下における人間、言語、そして身体
デジタルネイチャーにおける「人間」という存在様式の拡張
人類社会の発展史から「人間」の在り方を再考する
社会と「言語」の関係の変化
Society 5.0における言語の役割の再編
「原理のゲーム」としてのアートの役割とは何か
マタギドライヴはそれぞれの「現実」を生きる
【コラム】ソサエティ5.0におけるエンド・トゥ・エンドの哲学的含意
第3章 デジタルネイチャーとはいかなる意味で「自然」なのか
「質量のある自然」のインパクトが、「質量のない自然」の変化を加速させる
デジタルと物理の世界が相互に連携する、「デジタル自然」の実現のために
GPT-4に大乗仏教の「オブジェクト指向」を解読させる
西洋と東洋の風土の違いがもたらす2つの「デジタル自然」像
「n層の自然」の環世界経験としてのデジタルネイチャー
「空(null)」と「自然」の問題をオブジェクト指向で解く
古代と現代、自然とデジタル、宗教とテクノロジー、一見対照的な領域(seemingly contrasting domains)を表現する『オブジェクト指向菩薩』
【解説】ワールドモデルの歴史的展開とその意義──哲学・システム理論・人工知能・社会科学の視点から
第4章 計算機自然を成立させる「原理」──チューリングマシンから微分可能ヒューマンコンピュータインタラクションへ
オントロジーは微分できるか?
フィジカルとデジタルの「自然」を統合するニュートンの微分法とチューリングマシン
「チューリングマシンとしての人間モデル」への認識がAGI(一般人工知能)への扉をひらく
微分可能HCI: 人間とコンピュータの新たな関係性の探求
微分可能HCIの具体的展開
微分可能な自然において人はどう生きるか
デジタルネイチャーとネオ-仏教哲学:オブジェクト指向菩薩から
20世紀「我々はどこから来てどこに向かうのか」→21世紀「そうだ微分しよう」
【解説】微分可能プログラミングの展開とHCI
第5章 デジタル発酵とテクノ民藝
文明のパワーバランスの転換と三極化するグローバル経済
デジタルネイチャー下でローカリティを開花させる「デジタル発酵」
ポスト・メーカームーブメントとしての「テクノ民藝」
【コラム】秋田のマタギ集落を訪れて
第6章 現代社会に現れはじめたマタギたち ──デジタル狩猟文明がもたらす経済環境とライフスタイル
デジタル環境に再生するマタギ的なるもの
柳田におけるサンカ・マタギ
デジタル発酵の進展
マタギドライヴの出現
マタギドライヴたちが持続的に生きられる環境条件とはなにか──「AI+BI」 型と 「AI+VC」型の社会モデル
r>gの世界に現代マタギはいかに介入するか
限界費用が下がらないグローバルサウス
格差解消の唯一解としての確率論
多元化する「文脈のゲーム」とマタギドライヴ世界における価値生成
無名の民藝、有名のマタギ
利他的な意識をいかにして動機づけるか
マタギとして価値を生み出すことの本質は何か
【コラム】価値発見工学としてのマタギドライヴ:未知の価値への探求
終章 マタギドライヴたちが招く未来
微分可能オントロジーによる脱構造主義と辺縁性
あらゆるオントロジカルな体系に計算機が介入する
脱人間中心から計算機自然へ
40年越しに蘇る「ステーショナリー・ノマド」の精神性
ステーショナリー・ノマドからマタギドライヴへ
マタギドライヴは「自然社会」を招来するか
マタギ的なコスモロジーの根本にあるもの
マタギドライヴは「人のネットワーク」の外側から駆動してゆく
現代にマタギ的なコンヴィヴィアリティをいかにして取り戻すか
マタギドライヴは確率論的な未来と戯れる
結語(マタギドライヴ——計算機自然の辺縁における狩猟採集と脱人間知性的文明論)
【解説】オートエスノグラフィと脱人間中心HCI
あとがき
附録:デジタルネイチャーからマタギドライヴへ移行する方針と時系列的展望