ホロコーストを重要史実と位置づけ記憶の継承をめざす「ホロコースト意識」は、段階的に発展してきた。戦後数十年間の無関心、1980年代から活性化した教育、90年代に爆発的に高まった関心。今ではホロコーストがテーマの小説や映画が毎年のように作られている。しかしそれは陳腐化(工場での大量生産のような虐殺というイメージ、アウシュヴィッツとの同一視、生存者の感動物語)や悪用(ホロコースト否定論、ヒトラー礼賛)にも結びついた。
関心の高まりだけでなくその反動にも目を向け、ホロコースト意識を歴史研究の成果に接続することが必要だ。本書はこうした問題意識にヒストリオグラフィー(歴史学の歴史)の世界的研究者が応えたものであり、領域横断的な最新研究を統合してホロコーストを描き直している。
ホロコーストは本当のところ、どうして起きたのか。私たちはなぜそれを矮小化してしまうのか。ヨーロッパ各国の協力は、実際どのくらいの規模だったのか。ホロコーストに教訓はあるのか。
ホロコーストの歴史は収容所の解放で終わらない。ナチ礼賛の極右が台頭し、「ヒトラーは良いこともした」と言われ、ユダヤ人国家がガザでの虐殺を非難される現在と、それは連続している。「ヒトラーは否定されたのではなく、打ち負かされたのだ」。終戦時に放たれたこの言葉が、今ほど深刻に響く時はない。解説・武井彩佳。