【序章より】
本書の目的は、明清における婦(つま)を悼む哀傷文学がどのように展開したかを考察し、その底流にある明清文人の女性像を示すことにある。なお、ここでいう「婦」とは、既婚女性を指すことばであり、妻のほかに妾、時には侍婢も含む。……
ただ、詩文の中の女性像を探ろうという時、留意しなければならないのは、描写の対象となるのは「亡き婦」だということである。士大夫の文集には、杜甫の「月夜」や「江村」のような一部の例外を除いて、健在である妻の姿を詠じたり描写したりした作は極めて少ない。韻文でも散文でもそれは同じである。前近代の中国文学では、妻妾は亡くなって始めて士大夫の筆に載せられるのだ。明清士大夫は、このことを逆手にとり、亡婦をテーマとする哀傷文学の形式や文体を拡大し、その内容を多様化させた。彼らは、前代と比べて女性への哀傷文学のありようをどのように変えたのか。これが本書の問題とするところである。