隋から唐代にかけて発展した浄土教は、日本に伝わり、法然や親鸞などの日本の浄土教の形成に多大な影響を及ぼしたことはよく知られている。
唐代浄土教の研究は中国仏教研究の重要なテーマの一つとして、これまでに多くの研究が蓄積されてきた。
本書は、従来の研究において見過ごされてきた唐代浄土教史の問題点を再検証し、通説を見直すことで、教科書的に語られてきた浄土教史にはみられない唐代浄土教の姿を描き出す。
なかでも『浄土論』の著者迦才の正体に迫った一連の論考は瞠目される。
当時の浄土教理解を示す作品として取り上げられることの多い迦才の『浄土論』であるが、著者迦才については詳しい事跡が伝わっておらず、謎の人物とされてきた。
本書はその迦才が何者であるかを明らかにしてその経歴を突き止め、またそのことによって、これまで判然しなかった疑問点を解明している。たとえば、これまで「偶然の出遇い」ように語られてきた道綽と善導の邂逅について、その間に迦才の介在があった可能性が高いことを指摘する。
いわば宗門的関心によって研究が深化してきたが、一方でその関心のゆえに日本や宗派との関係で研究が完結し、いきおい捨象されてきた問題点も多く残されている。
本書はそうした看過されてきた問題にスポットを当てて研究の間隙を埋め、唐代浄土教史の横への広がりを示すとともに、そこに浮かび上がった唐代浄土教史のうえに、従来の宗門的関心から取り上げられた問題を置き直して再検討し、もって新たな知見を提示する。