ブッダが悟りを開いた場所として知られるブッダガヤ。果たして,ブッタガヤは「誰」にとって,そしていかなる意味で「聖地」であるのか。この問いは,ブッタガヤにかかわり,かかわってきた当事者たちが誰で,そして彼らはそれぞれどのようにブッタガヤに働きかけてきたかという問いを抜きにして考えられない。
実際問題,仏教衰退とともに忘れられていたブッダガヤが,長い眠りから目覚め,人々の関心を取り戻すまでに,利害や思惑の異なる多くの主体が関わってきた。仏教衰退と共に忘れられた遺跡の発見に携わったイギリスの考古学者や聖なる地の回復を求める仏教徒,そして独立後,近代国家となり経済的発展と宗教的緊張の解消を目指すインド政府や,遺跡の管理を担う専門組織,遺産登録にかかわり遺産の保存保護を謳うユネスコ…。そして,なによりも,ブッダガヤを「仏教最大の聖地」だとするあまりに自明な常識の裏で,見落とされ,周辺へと追いやられてきた生活者のヒンドゥー教徒やイスラーム教徒が挙げられる。そもそも,ブッタガヤが忘れられ「仏教聖地」としての意味を失ってなおブッタガヤの遺跡にかかわり,固有な立場からブッダガヤを守ってきた人々の存在と彼らがブッタガヤに求め理想とする場所像と,それを実現する意味や,そのローカルな考え方や声に対してブッダガヤのあり方に関わる他の諸主体がいかに応えるかということを考慮せずに,ブッタガヤがいかなる意味で「仏教聖地」であり,いかなる意味で「世界遺産」であるかという問いに答えられるだろうか。
本書は,グローバル化を生きるブッタガヤが,その地にかかわり,かわってきた当事者たちが時に対立し,時に折り合いをはかりながら生み出されていくプロセス,すなわち,ブッダガヤの今が,一重に「仏教聖地」として片付けられないそれ固有の場所性をもって立ち上がり形作られていく過程を紐解いていく。