本書は、現代の経済システムの1つである財務報告が、退職給付という社会制度と関わりを持つ場合に生じる問題および理論を論究したものである。
退職給付は、労働市場における労働の需要および供給に密接な関わりを持つ制度であり、現代経済においては、その制度上の構造からユニークでかつ複雑な役割を担っている。例えば、年金基金は、資本市場における投資活動を通じて、機関投資家という形で日々の資産価格形成を左右するほどの強大な権力および影響力を有している。また、株主としての年金基金は企業統治の問題についても重要な関わりを持っている。
しかしながら、このような経済面での影響の大きさと重要性にもかかわらず、どのようなメカニズムからそのような投資活動が導かれるのかという点を説明する理論は、十分に議論されてきているとは言い難い。本書では、この投資活動を導く鍵を財務報告の中に求めている。特に、退職給付の運営活動および財務報告のいずれもが経営者によって行われることに着目し、企業会計の経済的な影響の視点から、経済および企業会計のダイナミックな交錯を研究している。
ところで、日本の新しい退職給付の財務報告体系は、資本市場を重視する日本版ビッグバンを端緒としていることから、投資家への意思決定の情報提供機能を重視する。しかし、現代の企業会計には、投資家への意思決定情報提供だけでなく、利害関係者間の利害調整機能も求められているはずである。退職給付の財務報告と運営活動、特に投資活動との間に、なんらかの関係があるのであれば、利害調整機能が重視されないことで問題が生じるのではないか、そういった疑念が本書における基本的な問題意識を形成しているといえよう。