本書は、1999年の博士学位請求論文「未来志向的情報欲求の増大に伴う貸借対照表観の変化」に、後に公表した論文を加え、それらに大幅な加筆・修正を施して一書に纏めたものである。大まかにいえば第1部が前者に該当する部分であり、第2部が後者に該当する部分である。ただし、会計を取り巻く環境の変化により内容が陳腐化した箇所や、本書全体の流れに合わない箇所は削除している。
会計ビッグバンの進展により、筆者が関心をもっていた時価会計はいうに及ばず、退職給付会計や税効果会計、さらには固定資産の減損会計といった新しい会計処理が次々と制度化されていく様相を見せ始めた。こうした多種多様な会計処理から個別具体的な要素を捨象していったとき、最後に何が残るのだろうか。こうしたテーマを探求していくにあたり、筆者が研究対象として取り上げたのは、米国財務会計基準審議会(FASB)が公表していた一連の財務会計概念書(SFAC)であった。その理由は、SFACが、「取得原価主義と実現主義の考え方に規定された近代会計理論」に代わる新たな会計理論を構築する手掛かりを与えてくれるものであると信じていたからである。
ところで、研究対象として取り上げた文献を読み解くに際して、我々は無意識のうちに設定した枠組み(パラダイム)に依拠した読み方をしていることはないだろうか。会計学のケースであれば、「会計は企業の経済活動を財務諸表に写像するプロセスである」という枠組みに依拠して研究対象として取り上げた文献を読み解いていることが多いのではないだろうか。
しかしながら、こうした枠組みはあまたある枠組みの1つであり、単なる「約束事」の1つに過ぎないのではないか。筆者にこうした心境の変化をもたらしてくれたものはソシュールの思想であった。ソシュールは言語学者であるのみならず、構造主義の生みの親としても広く知られている。彼の言語学史上最大の業績は、言葉とその指示対象との関係を180度転換したことにある。言語学上のパラダイム転換に倣い、ソシュール流の言語観に沿った枠組みに依拠すると、会計はどのように語ることができるのであろうか。
本書は、このような枠組みに依拠しながらSFACを読み直し、現行会計実践を的確に説明し得る会計測定論の構築を試みている。