一、はじめに
二、1931年から1937年の人体実験
三、農村のツベルクリン反応(第1報)
1二つのツベルクリン反応検査論文で混乱
2疫学調査は辛い仕事
3農村でのツベルクリン反応
四、工場のツベルクリン反応(第2報)
1 ツベルクリン反応の謎
2 15~16歳の青年は簡単に集まるか?
3 ツベルクリン反応は芸術作品のよう
4 小林義雄への最後の言葉
5 2000倍希釈ツベルクリン反応液と2000倍希釈対照液との関係
6 被験者はマルタではなくモルモット
五、工場は3棟から構成
六、柳澤謙の終戦後の行動
七、結核菌&BCGと「ツ反」の関係
1 二木班
2 報告書の嘘
3 二木のインタビュー(別人か?)
八、BCGの人体実験
九、ヒトとモルモットの違い
1 ヒトとモルモットのツベルクリン反応
2 モルモットの皮膚
3 ヒトの皮膚
4 ヒトとモルモットの結核病変記載法
5 BCGによるヒトの結核予防
6 BCGによるモルモットの結核予防
7 ヒトの体重はモルモットの100倍
十、解剖結果とヒストグラム
1 附図(ヒストグラム)
2 被験者の体重
3 いつ解剖するか?
4 感染前のBCG接種
5 感染後のBCG接種感染
6 BCG予防効果と「ツ反」の関係
7「ツ反」が消えてもBCG効果あり
8 皮下接種の致死量
9 BCGの超音波処理
10 モルモットの致死量
十一、工場からの大脱走
1 背蔭河の規模
2 A&B工場の特徴
3 BCG研究棟からの脱走
4 結核発病率観察棟からの脱走
十二、満州国衛生技術廠(いわゆる満州伝研)の役割
1 満州伝研は東大付属伝染病研究所の人体実験場
2 柳澤謙の穴埋め実験
3 BCG未接種者とBCG既接種者との結核死亡率の比較
4 満州伝研の悲劇
5 女の子も実験材料
6 被験者は陸海軍が集めた
7 林武夫の人体実験
8 膝襞腺
十三、柳澤謙の帰国
1 BCGの完成
2 栄光の道
3 凍結乾燥
4 乾燥BCGワクチン
5 乾燥ワクチンの人体接種(治験ではない)
6 ツベルクリン液の効果喪失
7 BCG騒動
十四、結語