これまで私は中国現代哲学の研究を断続的に行なってきた。本書はそれを一書にまとめたものである。
本書をまとめようと考えたのは、近年、若手研究者の方々が馮友蘭や熊十力について論じ、学会で私がその司会者やコメンテーターを務めたのが直接のきっかけである。その準備をする中で、かつて書いた旧稿を読み返してみると、それらがなお一定の価値を持つように、くだいていえば「あまり古びていない」ように、思われたのである。もしそうであれば、それは中国現代哲学の研究がここ三、四十年ほどの間、十分進展してこなかったのが一因であろう。少なくとも日本ではそうであったと思われる。
そこで従来の関連旧稿を集めてみると一定の分量になった。そして、この機会にこれまで気にかかっていたテーマ――瞿世英とジダーノフ理論――につき新たに文章を書き起こし、一応の体裁を整えることにしたのである。もちろん本書は中国現代哲学の全体を覆うものではなく、体系的な著作でもない。私なりの関心に沿ってこの分野を探索してきた結果であって、民国期以降、現在に至る中国現代哲学のありようを少しでも照射できればと考えた次第である。書名に「探究」と題したのはそのためである。(「はじめに」より)