関東大震災時のいわゆる「甘粕事件」で大杉栄と伊藤野枝が虐殺されたとき、甘粕正彦憲兵大尉らは大杉の甥の6歳の少年をも殺害した。少年の名は橘宗一(むねかず)。
幼い子どもを軍人が扼殺するという近代史上例を見ない異様な事件によって突然わが子を奪われた少年の父・橘惣三郎と、母で大杉の妹・あやめは、事件後それぞれの仕方で「カタキ」を討つ決意をする――。
これまでほとんど語られることのなかった橘宗一・惣三郎・あやめの、それぞれの知られざる道行きをたどる著者渾身の書き下ろし。
〈明治の「大逆事件」と同じく理不尽、不条理、不正義に被れた「甘粕事件」の実相により近づくには、たまゆらのような生であっても宗一少年、そして父惣三郎、母あやめの歩んだ道を目を凝らして見つめたい。/あやめの墓がないことを教えられたわたしは、知られざる三人の生の道を「甘粕事件」に即し、時代に沿って尋ねた。〉(プロローグより)