池田大作氏を含めた四十三人の少年たちが少年時代を過ごした東京の最南端「羽田風土物語」、そして「もうーつの池田大作物語」
◆著者「復刊にあたって」より
私は今から四十数年前、「一葉の写真」を持ち、東京の最南端の町・羽田の路地裏を歩き回ったことがある。
その「一葉の写真」とは、戦前、東京羽田にあった萩中国民学校の卒業アルバムに貼られていた写真である。粒子が荒れ、茶褐色に変色し、時の流れを感じさせる手札大の写真であった。写真には四十四人の卒業生たちが写されていた。その中に、国民服を着て、口を真一文字に結び、正面を見据える一人の少年の姿があった。その少年の名は池田太作と言った。大作の「大」が「太」と、違いこそあれ、戦後の日本の宗教界や政界を揺るがせ、八十八歳になる今でも、信者数百万人の頂点に立つ創価学会名誉会長池田大作氏の少年時代の姿であった。
その時の記録が本書であり、元の書名は『巣立ちの日々~池田大作の蒲田時代と四十三人の同級生たち~』である。
◆本文「巣立ちの日々-プロローグ」より
私は「一葉の写真」に写る人たちの“生きざま”を追跡することによって“人間池田大作”にスポットをあて、また“昭和”なる時代の“生きざま”を考えてみることにした。
このレポートは、池田大作氏を含めた四十三人の少年たちが少年時代を過ごした東京の最南端「羽田風土物語」でもあり、そして「もうーつの池田大作物語」である。