前作「それゆけ! 歴史街道 よこ道、うら径、まわり路、ときにゆきどまり途」から2年。その後も、著者の彷徨は飽くことなく続き、ここに第二弾が成就されることとなった。著者の歴史好きは子どものころからといい、「歴史をたどるという作業は、素人は素人なりに楽しい事である」としている。本書でも著者は、前作と同じように歴史の現場にすべて足を運ぶことで歴史を“疑似体験"している。そこには思い込みはなく、あくまでもエビデンスと客観的な眼で歴史をとらえ返している。
小堀遠州を扱った「なすことも なき身の夢の さむるあけぼの」では「遠州の治績を振り返ると、彼は、近江などの豊かな土壌と商業的先駆性に育まれながら、戦乱の武ばった世界から文治・安定の世界への変革期を、ソフトパワーで脚色したテクノクラートぶりで駆け抜けたように映る」とある。ここには、同じくテクノクラートであった著者自身の姿勢が表れているといっていいだろう。そして、それこそ現在およびこれからの日本にとっても必要な人間の在り方であり構え方でもあるだろう。哲学者吉本隆明は、“これからは素人の時代"と言ったが、まさに素人の柔軟な発想による歴史語りこそが、この国に求められている未来の指針になってきているのではないだろうか。
また、前作「それゆけ! 歴史街道」と同様に表紙は著者本人が描いている。