今なぜアートに向き合い対話をする場が大切なのでしょう?対話を介した協働的な美術鑑賞の研究や実践を続けてきた筆者が、インターネット・SNS時代だからこそ際立つあらたなアートの役割や対話の場の重要性を明らかにします。
現代は大手テック企業によるスマートフォンユーザーの注意(アテンション)の争奪戦に警鐘が鳴らされスマホ脳・スマホ依存なども指摘される時代です。一方、解説(情報)なしに作品をみて、心のうちに生じる感覚や思考に集中し語りあう時間は、自身の経験や知識が反映された注意を自然に働かせつつ、他者の異なる注意のありように意識を向ける“共同注意”の場をつくりだします。そこでは、注意が外からキャッチされ情報処理に追われるネット空間では得難い、スローな心身の働き(感覚・記憶・思考・想像等)に身をゆだねるマインドフルな場、いいね数による承認ではない直接的な自己承認や他者承認の場が広がります。
セルフィー的な自己や“みんな”への同調から一旦身を離し、アートを、“他者”や“異質性”に出会えるツール、長期記憶を呼び覚まし(ネットでは短期記憶のみが働きがちです)それぞれの意識のコンテンツを差異化するツール、そして、ルーティン化しがちな知覚の働きを刷新するツールとして生かすことを、作品やセッション例を交えながら提案した上で、美術を介した対話の場がAIならぬヒューマンインテリジェンスを誘発する場になりえる理由を身体性認知の観点から論じます。