百姓になって30年。
津波で崩れた原発神話。列島を覆い、
土や水と農の営みに降り注いだ放射能という異物。
3.11から9年。
命あるものと向き合う百姓は今、何を想う。
野菜とともに送られた『菜園だより』、2011年3月10日から7年分を掲載。
梨木香歩(作家)【推薦のことば】
これは正真正銘、本物の百姓が地球と対話しながら紡いできた、そういう言葉による本だ。
土から丹精された正直な作物のように、伊藤さんの言葉は実体験を通り、一滴一滴落ちてくる。
それは清澄な詩、強靭な哲学となってまっすぐに私たちの心と体に届き、胸に響く。
借り物の思想、虚しい言説が巷に溢れるなか、本物の怒り、絶望、そして甦る希望がここにある。
何より、自然とともに生きることへの、湧き上がるような喜びが!
私たちは、簡単には消えていかない。
(本文より)
2011年3月28日
原発から発する霧と皆の喧騒とで
互いの顔も見えず 声も届きにくい中
不安や怖れとが
霧をいっそう深めています
自分の身を守るのに精一杯で
無分別になっている人もいます
霧の中 深々と呼吸をして
百姓は静かな定点となります
私たちを測ってみて下さい
2011年 5月29日
放射能のいない夜
あれからあなたは 不安気で落着きもない
「放射能が聞こえる。すぐそばにいる」
と あなたは言う
私は「色々な野菜を作って、
香ばしいパンを焼こう」と言った
二人は畑を耕し 野菜と小麦の種をまいた
しばらくすると あなたはまた
「放射能がじっと見ている。聞き耳をたて、
私の肌にふれようとする」
と言う
私は「ぼくたちの時間で、放射能の
一つぶ一つぶを消していこう。
君は歌を。僕は楽しい物語を書いてみたい」
と言って 二人は眠りについた
今宵はこうして
放射能のいない夜になった