1975年に23歳で自死した詩人・立中潤へオマージュを捧げつつ、「団塊の時代」に〝遅れてきた〟彼と我を「先験的自立者」と規定し、「今を生きる1952年以降に生まれたすべての世代」に向けて発する著者渾身の社会・思想・文芸批評。
宮台真司・兵頭正俊・浅田彰・柄谷行人・西堂行人・野田秀樹・川村毅・原武史・白井晃・ブレヒト・真壁仁・黒田喜夫・秋山清・吉行淳之介・安田有・笠井潔・今村仁司・若松孝二・吉本隆明ほかを猟渉しつつ、オウム真理教が開示した<不可能性の中心>、全共闘運動の本質的意味、アンダー・グラウンド〝以降〟ポストモダンを超える演劇の課題、〝戦後詩の極北〟黒田喜夫の到達点、「進歩的地方文化人」としての真壁仁批判と「転向論」批判、吉行淳之介の畏怖と性愛の行方、映画「ノマドランド」と「イージー☆ライダー」の比較考察による団塊世代批判、連合赤軍事件と〝共産主義化〟の本質、秋山清論とテロリズムの本質的不可能性、「戦後民主主義教育」とは何だったのか、「草彅剛のヒトラー」があぶり出す<現在>(神奈川芸術劇場「アルトゥロ・ウイの興隆」の舞台評)、追悼文の形を借りた極私的吉本隆明論など、40年にわたって書きつけたラジカルな論考。