今回は、長いあいだの憲法裁判を経てついに原告勝訴となった生活保護訴訟に関連して、生活保障の現状を考えた「生きる砦を築く」を特集します。
また、戦後80年に際して、東アジアの平和外交について特集した「東アジアの不再戦のために」、あのときのヒロシマを追いかける「ヒロシマ史論」特集、そして、アメリカの動きにより岐路に立たされている「トランプ時代の気候正義」特集もあわせてご期待ください。
●特集1 生きる砦を築く――生活保護から生活保障へ
物価高騰はとどまるところを知らず、一方で賃金は上がらない。
非正規雇用が拡大されていった新自由主義の30年の果てに、今日の生活と明日の生存を脅かされる人々が、この社会に膨大に生み出された。
そんな私たちにとって、生活保護制度こそは、生存の最後の砦であり、社会と市民をつなぐ命綱である。
その生活保護がバッシングの血祭りにあげられ、安倍政権によって支給額が切り下げられてから十数年。これでは生きられないではないか、私たちには健康で文化的な最低限度の生活を営む権利がある――憲法に定めた権利を実現するために、数多くの市民や弁護士が声をあげ、不断の努力をつづけてきた。
そしてこの六月、最高裁は、政府による生活保護の恣意的な切り下げは許されないと判断した。
ここから私たちは何を学べるのか。
格差と分断を超えられる社会を築くために、特集する。
●特集2 東アジアの不再戦のために
東アジアの近代は、戦争の歴史であった。
アジア・太平洋戦争が日本の敗戦で終了してから80年。戦争体験者の多くはすでに世を去り、戦争の体験、とりわけ日本が侵略して出ていった先の戦場での体験について直接に聴く機会は、ほぼ失われた。
それは、裏返していえば、不戦の80年がもたらした戦争体験の不在でもある。
その一方で、東アジアでは軍拡競争が激化している。
日本では極右・排外主義が台頭し、南西諸島を中心に、戦争準備が進む。
このような状況だからこそ、あらためて確認したい。
東アジアで、戦争は、二度と、絶対に、あってはならない。
現在を生きる私たちの責任は、不戦を継続し、次世代に渡すことだ。
同じ過ちを繰り返さないために、特集する。
●特集3 ヒロシマ史論
かつて軍都だった廣島は、原爆被爆と戦後復興を経て、国際平和都市ヒロシマとして、核廃絶と恒久平和を呼びかける拠点となった。
その歩みは、軍国主義から平和主義へと転身した日本の歩みと二重写しだ。
そして現在の広島の姿も――核廃絶と口では言うものの、実際にはアメリカの核兵器によりかかり、平和を掲げつつ軍備を拡大し、戦争の被害は訴えるもののアジア諸国への加害責任については及び腰――日本の現在に重なる。
被爆80年のこの夏、広島≒日本の今を考える。