【諸子百家、大鳴動】
逆流にあえぐ宿命の美女!食客説客、風のごとく去来する戦国の中国を、億万人に1人の清々しい声で相渉る青年田文の愛と風格!
別離の宴を閉じた尸佼(しこう)は、馬車に乗るまえに、田文(でんぶん)を招き、「やがて天下は文どのを中心にうごくようになると思う。そのとき、仁義をけっしてお忘れにならぬことです」と、おどろくべきことを、おだやかにいった。「はい」と、こたえた田文は胸苦しさをおぼえた。「公孫鞅(こうそんおう)の失敗は、その仁義をおろそかにしたところにある。白圭の成功は、おそらく、いのちがけで仁義をまもってきたことにある。仁義ということばは、中華がもちえた最高の理念をあらわしている。それがわかる者が天下を制御してゆくのです」「ご教示、かたじけなく……」尸佼は馬車に乗った。天空から降ってくる光が明るい。野山は新しい緑で沸きかえっている。そのなかを尸佼の馬車の影が小さくなっていった。[壮者の時]