2025年3月25日、映画監督・篠田正浩さんが肺炎のため、94歳で亡くなった。
妻の女優・岩下志麻さんは、28日、ようやく惜別のコメントを発表した。
「篠田と出会ったことによって沢山の作品で色々な役を演じることが出来ました。今の私があるのは本当に篠田のおかげだと思っております」
「58年間人生を共にして参りましたので、今はただ、悲しみと喪失の思いで胸がいっぱいです」
松竹の新世代を担うと期待された若手監督と、19歳の新進女優の二人は、安保闘争を舞台とする青春映画「乾いた湖」の主演を決めるオーディションで出会った。
打ち上げの席での、「私、どうも監督さんと結婚しそうな気がします」のひと言から、交際・結婚へと発展する。
まだ「結婚したら女優は終わり」と言われていた時代、撮影で通った京都の、出雲阿国ゆかりの寺である大徳寺・高桐院で挙式した。
以来58年間、「あかね雲」「心中天網島」「卑弥呼」「処刑の島」「はなれ瞽女おりん」「悪霊島」など数多くの作品で主演女優と監督としてタッグを組み、「少年時代」「瀬戸内少年野球団」「スパイ・ゾルゲ」などの名作で篠田作品をサポートしてきた。
〈「映画という魔物に取り憑かれて、魔物退治をしてきた」という、まさにそんな感じです。篠田は今度はどういう映画をやるんだろう、それを応援していこうと思っていました。ですから最後の最後まで、女優と映画監督という関係でいたような気がするんです。篠田が同志という言葉を使っていますが、確かに、同志というのが一番合っていますね〉
〈本当にすごい人だったなと、あらためて私は、すごい人と一緒にいたんだなと、女優としてこんなに自由に生きさせてもらって、感謝の言葉しかありません。いまは一日の最後に、仏壇の扉を閉めて、「愛してるよ、おやすみなさい」と言うのが眠りにつく前の私の儀式になっているんです〉
「戦友」「同志」として映画に向き合い、数々の名作をつくってきた二人の深い信頼と、互いに尊敬しあった58年間を、岩下さんが語り下ろす。
「100万ドルの笑顔」と言われ、一度口にしたことは決して翻さなかった篠田監督の人間的魅力。
寺山修司、武満徹、河野多惠子、粟津潔、篠田桃紅ら多くの芸術家を映画の世界に招き入れ、郷ひろみ、渡辺謙、草刈正雄、竹中直人らの才能を見出した眼力。
14歳で終戦を迎え、軍国主義から社会が一変するのを経験し、「日本とは何か」を考え続け、模索し続けた戦後日本の最良の知性の一人。
岩下さんは、万感の感謝と尊敬を込めて夫・篠田正浩との日々を語る。
そして篠田監督もまた、「自分にとってももっとも幸運だったのは岩下志麻と出会ったこと」と公言していた。
涙なくしては読めない、心震える一冊。