かつてムージルの大作『特性のない男』日本語訳に取り組んでいたころから気になっていたマルティン・ブーバーの編著。それは古今東西の神秘体験を集めたものだった。1990年代初めに大病を得た著者は長い入院で重厚な書物を力を抜いて読むという淡い読書の良さを知る。病に向き合うときに、無限にも向き合うという恐ろしさを感じるが、その無限は病が癒えはじめて日常を回復するにつれ、その日常が無限をいったんバリヤのように遮断し、やがて和らげ、ついには無限への媒介をしてくれるような心持ちになっていたという。
その後、そのマルティン・ブーバーの編著を入手し、小説の連載が控えているなか繰りはじめることになる。
神秘体験を次々読みすすめるうちに、神秘体験を告白することと近代の短篇小説を書くこととの間には、どこか共通するものがあることがわかってきたのだった。
ヨーロッパ中世の人びとの神秘体験の告白の読解をつづけることが、近代以降の自意識で書かれた散文表現に通じるものを炙り出すことにつながっていく――読者の想像力を刺激し、心を深いところまで揺さぶられる、文学的エッセイの精華。