本書は、ヴァルター・ベンヤミン(1892-1940年)が故郷で過ごした子供時代を回想した断章形式のテクストである。しかし、子供が経験した世界を回想する断章群の中で同時代の出来事が語られることはなく、家庭や学校での生活についても具体性は乏しい。つまり、これは過去を正確に物語った自伝ではない。訳者は「ベルリンという都市でヴァルター少年が見た一種の白日夢の数々を断章の構成によって甦らせようとしている点で〔…〕一九世紀パリにおける「集団の夢」を主題とした未完の『パサージュ論』に通じる、一種の都市論的歴史文化論と考えたほうがよい」と言う。
ベンヤミンは「ベルリン年代記」と題する原稿を1932年に執筆した。これは未完成のまま公表されず、『一九〇〇年前後のベルリンの幼年時代』として完成させることをベンヤミンは望んだが、かなわなかった。それゆえ決定稿と呼びうるものは存在せず、複数の手書き草稿やタイプ稿が残されている。それらのうちタイプ稿として現存するのが1933年成立のベルリン・タイプ稿と1938年完成のパリ・タイプ稿であり、本訳書はこれらをともに全訳している。
ベルリン・タイプ稿にあった章がパリ・タイプ稿で除外され、新たな章が加えられたり、全体の配列が大きく変えられたりしているほか、パリ・タイプ稿に残された同じ表題の章でもベルリン・タイプ稿の一部が大きく削られたり短くされたりしている場合がある。そこにある「削除による空隙と全体の縮減」も読まれるべき対象であるという方針のもと、この画期的な訳書は完成された。詳細な訳注と訳者解説を備えた本書は、決定版の名にふさわしい。
[本書の内容]
ベルリン・タイプ稿
ムンメレーレン/ティーアガルテン/カイザーパノラマ/戦勝記念塔/電話/蝶狩り/旅立ちと帰還/性の目覚め/冬の朝/シュテーグリッツとゲンティーンの角/ヘル・クノッヘ・カビヒトとフロイライン・プーファール/マグデブルク広場の屋内市場/発熱/回転木馬/カワウソ/ある訃報/孔雀島とグリーニケ/ブルーメスホーフ12/字習い箱/戸棚たち/学級文庫/隠れ場所/幽霊/夜会/乞食と娼婦/惨事と犯罪/裁縫箱/クリスマスの天使/二つの金管楽団/せむしのこびと
パリ・タイプ稿
(序文)/ロッジア/カイザーパノラマ/戦勝記念塔/電話/蝶狩り/ティーアガルテン/遅刻して/男の子の本たち/冬の朝/シュテーグリッツとゲンティーンの角/二つの謎の像/屋内市場/発熱/カワウソ/孔雀島とグリーニケ/ある訃報/ブルーメスホーフ12/冬の夕べ/曲がった通り/靴下/ムンメレーレン/隠れ場所/幽霊/クリスマスの天使/惨事と犯罪/いろいろな色/裁縫箱/月/二つの金管楽団/せむしのこびと/(付録)回転木馬/性の目覚め
訳者解説 ベンヤミンの見えない都市