中國紀行CKRM Vol.44

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商品説明
「おきぐすり」という常備薬が、昔の日本の家庭には大体あった。しかし最近では、巨大ドラッグストアが増えたこともあり、「おきぐすり」を置かずとも、必要な時に買いに行くという選択をする人が多くなっている。かくいう私の家にも、今は「おきぐすり」を置いていない。「おきぐすり」は先にお金を払わずともよい「薬」なのに、なぜこのようになったのだろう。と、書いていて気づいたが、「先にお金を払わない」という仕組み。この根幹には、「日本文化の根幹的思想」がありそうだ。
「おきぐすり」というのは、「現実的な手段」として困った時に助けてくれる「薬」。常にそばに置き、安心を得ることができるもの。この、極めて「現実的な手段」が産業になっているところが、実に「富山らしい」と思われる人もいるだろう。この富山が、「薬都」とまで呼ばれるようになったのは、江戸時代から近代にかけてのこと。現代と江戸時代の日本では、地域文化の形や意味が、真逆のようになってしまったものが少なからずあるようだ。もちろんそれは、江戸時代以前の日本も同様なのだろう。
『日本書紀』と『続日本紀』によれば、日本が初めて律令国家となった時代、それ以前は「越」という名で記された大国が、「越前」「越中」「越後」という国々に分割され、それぞれの国の長となる国司が朝廷より派遣されている。この時代の地域文化の変化は、江戸時代から現代への変化以上だったのではないだろうか。それでも、その地域の社会や環境で暮らす人々にとっては、変えることができないものもあったはず。
「越」には、どのような文化があったのか。1300年ほど経った現代では、わからなくなったことが多くある。それならば、律令国家が始まった時代、国名に「越」の「中」とつけられた、「越中」の文化を調べることから進めてみよう。江戸時代において、この地域で育まれた産業が、「和漢薬」の一大拠点を生んでいる。そして、この地域に住んでいた先人達には、有史以前から海を越え、交易を進めていた可能性があるようだ。太古の「越」と「神々」の関係を、史書の記録を紐解きながら、中國紀行CKRM的視点で考えていこう。
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