『草の根の中国』(東京大学出版会、2019年、アジア・太平洋賞大賞受賞)、『中国農村の現在』(中公新書、2024年、2025新書大賞13位)に続く、個性溢れる中国農村論。今回はインドやロシアとの比較を交えるなど更に広いパースペクティヴのもと、前二著とは異なる新たなテーマを切り拓く。混沌とする農村現場の徹底的な観察と分析を通じて、雑多な要素が複雑に絡み合い影響し合いながら織り成す一つの秩序=曼陀羅図を、浮き彫りにする。
【本書「序章 曼陀羅図としての農村」より】
農村社会にフォーカスした地域研究には、二重の重要性があると思う。
一つは農村を地域研究の際の「方法として」対象に接近することである。私たちは、とかく、東京や北京、上海のような大都市の視点から物事や地域をみることに慣れている。これに少し抗い、どの国の、どのような出来事を扱う場合でも、まずは「農村ではどうなっているのか」と、発想してみるのである。現代日本人が慣れ親しんだ、都市中間層のマインド・セットをいったん、封じてみることで、物事の新しい側面が見えてくる場合も多い。これを、「方法としての農村」と呼んでおく。
もう一つは、一国のなかで農村部が果たすべき役割を探究することである。農村は近代化から取りこぼされた単なる残滓とみなされがちだが、実際にはそれ以上の意味をもつと思うからである。その証拠に、誰もが都市的な感覚で生きているようにみえる現代日本でも、農村はいまなお、残り続けている。広島県中央部付近にある筆者の故郷も、そうしたありふれた日本の農村の一つである。農山漁村はなぜ消滅しないのか。どのような「役割」を果たしているのか。