様々な角度から老いの現実を暴き出し、高齢化社会の諸問題を先取りした先駆的大著!
誰にでも必ず訪れる「老い」。これまで人間社会の多くは「老い」を否定的に扱い、忌避してきた。そんな「老いの実態」を歴史や社会、文学や芸術といった分野から容赦なく暴き出し、「個人の問題ではなく、社会の側の問題」(=文明のスキャンダル)として「老い」を捉え直した画期的な作品を、「ボーヴォワールから出された宿題」と感じてきた社会学者が辛辣かつ平易に解説。弱者が弱者として尊重される超高齢社会の到来を「恵み」と捉え、その在りようと行く末を考えるのは読者自身なのだと説く。「違いを認め合う社会」創出のための必読書。
【以下、本書「おわりに」から抜粋】
古典は何度でも読みかえす価値があるし、読みかえすたびに新たな発見がある。そして書物には出逢い時というものがある。若いときにはわからなかったことがわかるようになる。古典は読み継がれることで、その先へと読み手を導いてくれる。ボーヴォワールの『老い』はわたしにとってそんな本だった。
書物を閉じたところから、わたし自身の問いが始まる。わたしはボーヴォワールから勝手に「宿題」を受け取り、それに答えようとした。その答えの可否を、もはやこの世の人ではない彼女に問いかけることはできない。だが、執筆の間中、わたしは彼女と対話していた。書物を読むとはそういう自分ではない者との対話の経験だ。そしてしだいに、この問いに対してなら、彼女はきっとこう言うだろうという確信を深めるようになった。
彼女なら……きっと自分の老いの姿を公共の場から隠そうとはしないだろう。きっと安楽死の法制化に反対するだろう。死後の魂は信じないが、若者たちの未来は信じるだろう。「中絶の権利」を求めるデモの先頭に立って歩いたように、女性差別と闘いつづけるだろう。それと同じように、高齢者差別とも闘うだろう。現実の社会の恥部に目をそらさず、それを容赦なくあばきながら、人間に対する信頼を失わないだろう。
根拠はないが、きっとそうだよね、ボーヴォワールさん。
生前に会ったこともない彼女に、わたしは問いかける。古典を読み継ぐというのは、そういう対話を意味する。あなたにも経験してほしい。
はじめに 老いてなにが悪い!
第1章 老いは不意打ちである
第2章 老いに直面した人びと
第3章 老いと性
第4章 役に立たなきゃ生きてちゃいかんか!
ブックス特別章 超高齢社会は「恵み」である──ボーヴォワール『老い』を読む意味
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おわりに