片岡敏郎は戦前に日本初のヌードポスターを制作しヒット広告を連発した日本初のコピーライターでした。
戦後「不世出のコピーライター」「広告界の天才」「広告エポックの人」として多くの広告人に影響を与えたが、彼の生涯については謎が多いとされてきました。この度、次女が大切に保管していた手紙や文章の数々を読み解き、親族から聞き取りをしたことを集め、片岡の孫にあたる著者が祖父の足跡をたどりました。片岡敏郎が天才と呼ばれるまでには彼の行動力と自由な発想があったことがわかりますが、一方で家族に対して非常に愛情深い一面があったことを垣間見ることができます。
「筆者は片岡敏郎の次女・三保の娘で、片岡敏郎の孫にあたる。母・三保はよく祖父・片岡敏郎のことを話して聞かせてくれた。背が高く恰幅が良くてダンディーな人だった。服装は渋いものを好み、チャラチャラしたものや成金趣味を嫌い、金製品は決して身につけなかった。自分さえ良ければ良いという考え方・生き方を嫌う優しい人道主義者であった。そして芸術を好み、音楽、絵画、書などを楽しみ、日本の古典芸能から西洋文化まで幅広い分野に造詣が深い、そういう人だったと」 (「はじめに」より)