堺の老舗和菓子屋の娘に生まれ、両親の言いつけを守って帳場に座る日常に、晶は不満を覚えていた。もっと、心の奥から深く呼吸したいと。歌誌「明星」を率いる与謝野鉄幹(寛)と深い関係になったとき、晶は手探りしていた自身の澪標を見出した思いがした。自分は生まれながらの本然に偽りなく生きることを求め続けていたのだ。家を出て鉄幹の許へ走り、与謝野晶子となって上梓した歌集『乱れ髪』は明治の世にセンセーションを巻き起こした。
だが、自然主義の隆盛に伴って寛は歌壇から置き去りにされ、弟子たちは離れていく。山川登美子と夫の恋愛に狂おしい嫉妬を抱く晶子と、鬱々と悩む寛との軋轢は深まり、ついには刃物立てになるまでに。自死の闇に怯えながらも、晶子は女の筆一本で十人の子を育て、一家を支え続けていく――
『白秋 秘唱』『わが夫 啄木』などの評伝小説に定評のある鳥越さんが、満を持して与謝野晶子の燃えるような生涯を描き切りました。
「これまで、与謝野晶子を小説にしたものは、ほとんどが鉄幹との恋の前半生を重点に描いたもので、晶子が『夫婦とは何か』と問わずにはいられぬ濃く複雑で不透明な夫婦関係や、孤独感を抱き病魔と戦う臨終の後半生まで踏み込んだものはありません。ゆえに、そこまで試掘したいと心を奮い立たせました」(著者のことば)
生涯五万首以上の短歌を詠み、二十四冊(合著を含む)の歌集をはじめ、評論やエッセイ、童話、小説も著した晶子。十人もの子を育て、女性の人格尊重を主張し続けた晶子の姿は、令和の女性たちへの力強いエールと響きます。