秀吉は京都を求め、京都も秀吉を求めた
平安京以来1200年の歴史を誇る京都は現在、100万人以上の人口を抱え、年間6000万人を超す観光客が訪れる。しかし、京都は応仁の乱で戦場となり、無政府状態に陥った。そのまま、大津や奈良のように「ご用ずみ」の都になる可能性もあった。その京都を大きく変えたのが天下人・豊臣秀吉である。直木賞作家の著者は「京都が古代・中世都市から近世都市へと変化することができたのは、秀吉のおかげ」と言う。秀吉は「京都を生かすも殺すも自由な立場にありながら、生かすという選択」をした。その理由は何か。秀吉が行った施策を検証し、なぜ京都を「つくった」のかを読み解く。