私たちには一つの「ほんとうの」性が「ほんとうに」必要なのか?——
M・フーコーが見出した19世紀のインターセックス当事者の回想録
19世紀フランスに女性として生まれながら、医学と司法の介入により22歳で男性への性別変更を命じられ、パリの片隅で孤独のうちにみずから命を絶ったインターセックス当事者の回想録。地方の女子修道院と寄宿学校での輝きに満ちた青春の日々と、その後の苦難が赤裸々に綴られた瑞々しい筆致は読む人の胸に迫る。このテキストに魅せられたフーコーによる出版と、ジュディス・バトラーの『ジェンダー・トラブル』で言及されたことによって広く知られるようになった。ジェンダー、セクシュアリティ、アイデンティティ、インターセックス/性分化疾患、性の多様性など、性をめぐる現代の議論において重要な位置を占める記録である。原文からの日本語訳。フーコーによる序文「ほんとうの性」収録。
「わたしは二五歳。まだ若いのに、人生の終わりが近づいている。わたしはひどく苦しんできた。ひとりで! たったひとりで! みんなに見捨てられて! この世界にわたしの居場所はない。わたしは世間から追い払われて、呪われたのだ。どんな生き物だってこの果てしない苦しみのなかで生きていくことはできないだろう。子供時代の終わりにわたしを捕えたこの苦しみ。未来への若々しさと輝きに満ち、すべてが美しい子供時代。そんな時代はわたしにはなかった。その頃、わたしは無意識のうちに世の中から遠ざかっていた。まるで自分がよそ者として、この世界に生きるべきであったことをすでに理解していたかのように。」(本書より)
「彼女は、みずからのあらゆる感情とあらゆる情愛が存在したただ一つの性だけからなる世界のなかで、「もう一方の性」に属することは一度もなしに「別のもの」であることの快楽を味わっていたのだと私は思う。」(フーコー)
「私たちには一つの「ほんとうの」性が「ほんとうに」必要なのか? 頑迷ともいえる一貫性でもって、近代西洋社会はそうだと答えてきた。身体の現実と快楽の強度だけが重要なのだ、そう思えたはずの領域においてなお、この社会は「ほんとうの性」というこの問いを執拗に持ち出してきたのである。」(フーコー)