民主主義をもう一度手繰り寄せるために
本質主義にも排外主義にも回収されない主体性を志向することは可能なのか。エルネスト・ラクラウの政治思想を手がかりに、ポピュリズムと民主主義の関係を根底から問い直す。熟議でも闘技でもなく、いま増殖しつつある「不審者」という政治的アイデンティティから導かれる、危うくも魅力的なラディカル・デモクラシーの地平。
「不審者とは、排除された、もしくは包摂を拒むようなアウトサイダーではなく、私たちのすぐかたわらに佇む不気味な隣人なのだ。しかしこう表現したからといって、このような形象を何も捉え難い特異な存在と考える必要はない。むしろそれはたとえば私たちがよく目にするような、デモを横目に立ち行く彼/彼女であり、リズムに合わせてつま先を揺らす警官であり、遠慮がちに端のほうでコールを口ずさむ私たちのことでもある。」(本書より)