- 発売日:2018/03/09
- 出版社:人文書院
- ISBN:9784409340516
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享楽社会論 現代ラカン派の展開
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商品説明
精神分析が導く現代資本主義社会の突破口 ジャック・ラカンが提出した「剰余享楽」「資本主義のディスクール」といった概念は、現代社会の現象の把握のためにきわめて有効だ。本書では力強く展開する現代ラカン派の理論を紹介するとともに、うつ、自閉症、ヘイトスピーチといった、臨床や政治社会における広範な事象に応用し分析を試みる。精神分析の言説に新たな息吹をもたらす、ラカン派の俊英による鮮やかな社会論。「こうして、「不可能な享楽」は「エンジョイ」になり、〈父〉はデータの番人になった。現代の私たちは、後者による徹底的な制御のもとで、前者の「エンジョイ」としての享楽の過剰な強制――「享楽せよ! Jouis !」という超自我の命令――によって、そして、その結果として消費されるさまざまなガジェットがもたらす依存症的な享楽によって慰められながら、徐々に窒息させられつつあるのではないだろうか。だとすれば、そこから抜け出すことはいかにして可能なのだろうか?」(本書より)
目次
まえがき1 ラカン派にとって現代とはなにか?2 本書の構成第Ⅰ部 理論第一章 現代ラカン派の見取り図――ジャック=アラン・ミレールの議論を中心に1 近代精神医学から精神分析へ2 象徴界の衰退と〈父〉の複数化3 臨床形態の問いなおし――普通精神病と自閉症4 セクシュアリティの変化――「露出」と「依存症」5 症状からサントームへ6 無意識から遠く離れて――無意識と話存在7 脚立――昇華の新しいパラダイム8 男性側の式から女性側の式へ第二章 4(+1)つのディスクールについて――マルクスから資本主義のディスクールへ1 ディスクールとはなにか?2 剰余価値と剰余享楽3 剰余享楽の袋小路――「六八年五月」と対峙するラカン4 四つのディスクール5 資本主義のディスクール6 現代の「うつ」と資本主義のディスクール第三章 性別化の式について――キルケゴールはいかにして男性側の式のリミットを越えたのか?1 キルケゴールの愛は宮廷愛だったのか?2 〈物〉とシニフィアン、そして不安3 ふたたび『アンコール』へ4 『愛のわざ』のラカン的読解5 例外を空想するのではなく、例外になること第Ⅱ部 臨床第四章 DSMは何を排除したのか?――ラカン派精神分析と科学1 「意図せざる結果」2 DSMによる神経症の消滅3 主体を排除するものとしての「科学」4 現代精神医学の彼岸第五章 現代の病としての「うつ」――「現勢神経症」と資本主義のディスクール1 デプレッションとメランコリーをめぐる精神医学史2 フロイトにおけるデプレッションとメランコリー3 神経衰弱/現勢神経症の復権4 欲動の処理不全と「資本主義のディスクール」5 デプレッションの神学——ラカンのデプレッション論6 デプレッションの表象文化論?7 現勢神経症の復権に向けて第六章 「恥の死滅」としての現代――羞恥の構造を読む1 「恥」と眼差し2 視線と羞恥の構造3 対人恐怖4 窃視症5 露出症6 眼差しのラカン的存在論――存在論は「恥在論」である7 現代における「恥の死滅」第七章 自閉症をめぐるフランス的問題1 時代遅れの精神分析?2 「壁」についての反応と「精神分析禁止法案」3 ラカン派の自閉症研究第Ⅲ部 政治第八章 レイシズム2・0?――現代ラカン派の集団心理学11 ヘイトスピーチのめざめ2 二つのレイシズム論3 フロイトの症状4 「集団心理学」を再考する5 レイシズムにおける〈父〉と享楽の病理6 精神分析はレイシズムに対して何ができるのか第九章 享楽の政治――現代ラカン派の集団心理学21 「享楽の政治」について2 「法は法である」――象徴界のフラットな使用に潜む享楽3 集団的同一化における享楽の動員4 〈父の名〉の秩序から「鉄の秩序」へ第一○章 ラカン的政治のために1 否認の主体とシニシズム的空想2 シニシズムを横断する3 大文字の「否」から肯定性へ4 ラカンと政治理論5 大学のディスクールから分析家のディスクールへあとがき参考文献
享楽社会論 現代ラカン派の展開
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