第二次世界大戦後の東京に形成された闇市は、しばしば無秩序な「混乱」の象徴として語られてきた。だが、本書はそれを単なる逸脱的存在としてではなく、戦後都市の形成を支えた重要な都市的実践として再評価する。あわせて、現在の再開発や都市文化を読み解く視点として、闇市の歴史的意義を位置づける。
戦後の焼け跡や建物疎開跡地といった「空地」に、いかにして市場が形成され、どのように都市へと組み込まれていったのか。終戦直後の物資不足と制度的空白のなかで、露店商やテキヤ組織、引揚者、行政など多様な主体が関与しながら、仮設的な市場空間が生成された。これらは単なる暫定的存在ではなく、後の都市構造や都市文化に持続的な影響を与えている。
第一部では、闇市を組織した主体に焦点を当て、東京露店商同業組合の理事やテキヤ組織の活動を分析する。とりわけ、新宿駅前の形成に大きな影響を与えた尾津喜之助をはじめとする人物の動向を追うことで、闇市がどのような社会的ネットワークと権力関係のもとで成立したのかを明らかにする。これにより、闇市は自発的な集積であると同時に、強い組織性を備えた都市形成の一形態であったことが示される。
第二部では、露店とマーケットという二つの空間形式に注目し、闇市の物理的構成を読み解く。移動可能な露店と、土地に定着するマーケットは異なる性質を持ちながらも相互に関係し、都市空間の中で独自の配置と秩序を形成した。とりわけ、建物疎開によって生じた空地がマーケットの主要な立地となった点は重要であり、戦時期の都市政策が戦後の都市形成に連続していることが明らかとなる。
第三部では、「新興市場地図」などの史料を用い、新宿・新橋・池袋・渋谷といった具体的事例を詳細に分析する。例えば新宿では、複数のテキヤ組織がそれぞれの縄張りをもとにマーケットを形成し、その分布が都市空間に刻まれていた。また池袋では、焼け跡に生じた「けもの道」が人々の動線として固定化され、その上にマーケットが形成されるなど、人々の行為が都市空間を生成する過程が確認できる。さらに渋谷では、地権者主導によるマーケット形成が見られ、他地域との対比から多様な形成モデルが浮かび上がる。
本書は闇市を「無秩序な空間」ではなく、「空地を媒介として生成された都市の基層」として捉え直す。闇市は再開発や区画整理の中で解体・再編されていくが、その空間構造や社会関係は、横丁や飲食街として現在の都市文化に継承されている。本書が明らかにする占領復興期の闇市の形成史は、現代の都市を捉え直す視点を提供するとともに、冷戦期東アジアにおける仮設的市街地形成史研究の基盤を提示するものとなろう。